
古い写真を布に転写し、刺繍を重ねることで「不確かな記憶」を可視化する河邉ありさ。透過する層が生み出すダブルイメージは、消えゆく身体の輪郭と、衣服に宿る生命の鼓動を映し出します。生活と表現を地続きに歩む作家が、一針ごとに紡ぎ出す物語の背景を伺いました。
河邉ありさ Arisa Kawabe
2012 日本大学芸術学研究科造形芸術専攻博士前期課程修了
2017 ドイツ カッセル芸術大学 Norbert Radermacherクラスに研究生として在籍
【アーティストインレジデンス】
2011 BankART Studio NYK 森塾として滞在
2013 滋賀県立陶芸の森スタジオアーティストとして滞在
2018 BOX HILL community arts centre (メルボルン)
【個展】
2011 「castoff-skin」ギャラリイK 銀座
2016 「あなたの輪郭は日に日に曖昧になっていった」 ギャラリイK 銀座
2019 「The accumulation of our little narratives」 Box Hill Community arts centre メルボルン
その他多数
作品を作り始めたのはいつ頃ですか?
そのきっかけや影響を受けた出来事があれば教えてください。
初めて自分の作品を作ることを意識したのは、高校の卒業制作でした。美術の知識もほとんどなく、何を作ったらいいのかすら分からない状態でしたが、大理石と木を組み合わせて、身体の美しさをテーマにした作品を作りました。今も身体はテーマの1つです。
アーティストを目指すようになったのは、どのような経験や思いがきっかけでしたか?
幼少期から作ることが好きで、絵画教室を経て美術科の高校、そして美大へと進みました。一度は美術以外の道に足を踏み入れたこともありましたが、やはりこの世界が自分にとって最も心地良く、吸い寄せられるように戻ってきました。その過程で、ここが自分の居場所なのだと自覚していったように思います。ある日突然志したというよりは、グラデーションのように自然な流れの中でアーティストとしての道が定まっていきました。

作風が確立するまでの経緯を教えてください。
高校時代から一貫して彫刻を専攻していました。平面よりも立体を触る方が好きだったからです。 しかし転勤族である夫との結婚を見据え、「世界中のどこにいても、子どもが生まれても制作を続けられる方法」を模索した結果、辿り着いたのが古来より女性たちが営んできた「刺繍」でした。針を繰り返し刺し、糸の面積を広げていく手法は、木や石を彫る感覚に似ていました。音がせず、汚れず、いつでも中断と再開ができる。その特性は、現在の育児というライフステージにも馴染んでいます。また、信楽(陶芸の森)のレジデンスでニューヨークの作家から写真を転写できるペンを譲り受けたことや、ドイツの大学で友人から「写真と刺繍を重ねるべきだ」と背中を押されたこと、さらにはモノクロからカラー写真への移行など、多くの出会いと助言が重なり、約10年かけて現在のスタイルが完成しました。
作品を発表し始めたのはいつ頃ですか?発表するまでにどういった経緯がありましたか?
大学院時代に開催した初めての個展が最初の一歩でした。それまでもグループ展には参加していましたが、一つの空間を自分の作品だけで構成し、人に見せるという意識が明確に芽生えたのはこの時です。大学の先生からのご紹介や、ギャラリーオーナーからのお声がけがきっかけとなりました。

作品に共通するテーマやコンセプト(アーティストステートメント)について教えてください。
私は、母を亡くした経験と自身の子育てをきっかけに、「記憶」を主題とした制作を続けている。
人の身体は、時とともに成長し、老い、やがて消えゆく不確かなものである。対して衣服は、主(あるじ)が去った後も当時の記憶を留めたまま、その身代わりとしてこの世界に残り続ける。私は、この「曖昧な身体」と「実体としての衣服」の対比を表現している。
制作においては、古い写真をAIによって彩色し、透過性のある布へ転写している。衣服の部分に直接刺繍を施し、さらに背面に同一の写真を配置することで、身体を二重に映し出す「ダブルイメージ」の構造を構築した。そこには、物質として手触りを持つ衣服と、蜃気楼のように揺らぐ身体の輪郭が共存している。モチーフとなる古い写真に写し出されているのは、教科書に記されるような大きな歴史ではなく、名もなき人々のささやかな姿である。しかし、その断片的な光景から溢れ出す普遍的な人の営みは、鑑賞者自身の記憶と共鳴し、そこに新たな共通の物語を立ち上がらせる。
「刺繍」という技法は、母となった私が育児と表現を両立させるなかで、必然的に辿り着いたものである。静謐を保ち、随時中断と再開が可能なこの手仕事は、かつて同じように家庭や労働の現場で針を進めてきた女性たちの歴史へと私を繋いでゆく。刺繍が女性の手によって受け継がれてきた背景には、生活に密着した知恵がある一方で、かつては低賃金労働として強いられてきた側面もあった。
育児の傍らで一針ずつ糸を積み重ねてきた先人たちの営みは、現代を生きる私の制作と地続きにある。過去の女性たちの生き方に自らを重ね、その連なりに励まされながら、私は不確かな記憶を布の上に留め続けている。

作品はどのように作っていますか?技法について教えてください。
古い写真をAIでカラーにし、薄い布に印刷したものに刺繍をしています。
10号くらいのサイズで2〜3週間くらいかかります。
背面には同じ写真を置いて、ダブルイメージになるようにしています。

これまでの人生や創作活動の中で、特に影響を受けた人物や作品はありますか?その理由も教えてください。
名古屋市美術館の常設作品の、マグダレーナアヴァカノヴィッチの智者の頭を見た時、雷に打たれたような衝撃を受けました。作ることは好きでしたが、作品を見てそのような衝撃を受けたのは初めてで、美術の奥深さに魅了されました。そこから美術への学びの視界が明るくなり、自分の作品の作品の強度を上げることへ意識が向いた気がします。
今後の制作において挑戦したいことや、意識していきたいことを教えてください。
大きな展示空間に臆することなく展示ができる作家としての度量も欲しいですし、また衣服をテーマにしているので、メゾンやファッションブランドなどとコラボレーションができる機会があれば、ぜひ挑戦したいと思っています。
4月9日(木)からIndependent Tokyo 2025 Selectionに出展いたします!
「Independent Tokyo 2025 Selection」
2026年4月9日(木) ~ 4月23日(木)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の9日(木)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:4月9日(木)18:00-20:00
※4月17日(金)は18時閉場となります。
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F