2020年9月11日より開催の「TAGBOAT×百段階段」展の会場となるのは、昭和10年の面影を残すホテル雅叙園東京の木造建築「百段階段」です。99段の階段廊下で結ばれた7つの部屋はそれぞれ趣向が異なり、各部屋の天井や欄間には、当時屈指の画家や大工によって創り上げた美の世界が広がっています。
黒柿の銘木を使用した柱の向こうに緑々しい景色が広がる部屋「頂上の間」で展示の最後を飾るのは、タグボート作家・伊藤咲穂のインスタレーションです。今回は本展における作品制作について、作家ご本人にお話を伺いました。
百段階段「頂上の間」展示風景
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天井から吊るされた<おみくじ>はどのようにして生まれましたか?
2016年東京都美術館で開催された都美セレクショングループ展「紙神KAMIGAMI -Paper is a God-」にて、来場者が参加できる「幸福連鎖御神籤(つなぐ おみくじ)」というインスタレーション作品を展示しました。「おみくじ」を引いた人が次に引く人のためにお告げを書いていくという、言葉によって繋がれていくインタラクティブなインスタレーションアートです。
この作品は2018年に台湾の「TOKYO ILLUSION 東京幻境日本當代藝術展」、さらに翌年2019年にはNYのホワイトボックスギャラリーにも出展し、継続して「おみくじ」を繋いできました。「紙の価値」と人々の記す「情報」に視点を当て、個人の「言葉」を手書きで記し「御神籤」という形態に取り入れたこのインスタレーションの参加者は、計2万人以上となります。
今回のホテル雅叙園での展示は、今まで行ってきた「幸福連鎖御神籤(つなぐ おみくじ)」で、来場者が書いた御神籤(持ち帰らずに、紐に結ばれた御神籤)を展示しています。
「巡る」
来場者が書いた<おみくじ>の文字を、どのように捉えていますか?
結果的に御神籤として書かれた一人一人のメッセージには、興味深いことに、99.9%ポジティブなメッセージが記され、驚いたのはメッセージの中にはその人の生きてきた中で感じてきたであろう哲学的な内容まで記されていました。私はこの現象をとても面白く感じました。何故なら、普段の私生活で他人と自分との会話の間に、個々の哲学を交換し合う場は極めて少ないのではないかと感じたからです。
「幸福連鎖御神籤(つなぐ おみくじ)」で生まれた、他人と他人との繋がりは、「言葉」でしかなく、書いた本人の顔を見ることはできません。しかし、手書きで紙に書かれた個人のメッセージは、非常にその人のパーソナルな部分が映し出されるようにも感じられます。私はそこに何かしらの答えがあるように思えてなりません。
作品にはどのような想いが込められていますか?
SNSが情報源として変化した現代では、それに伴う問題や事件が多く浮上しています。そんな中で個々のパーソナリティーと、人と人との繋がりは一体どのように「良質さ」を保っていくのかがテーマとなっています。
2020年の年明けより、新型コロナウイルスによって人と人との距離は社会的、肉体的、精神的にも変化したようにも感じるし、特に変わっていないようにも感じます。
「平安」、「幸福」、「知足」、「愛」などたくさんのポジティブなメッセージを、今の情勢だからこそ、書き手の見えない言葉の情緒に触れて欲しいと感じています。
言葉における「質」についてはどのように考えていますか?
言葉の深さや軽さの変化はどこから生まれるのか。それは、人が言葉を「書く」という行為から言葉を「打つ」という行為になったことによって、言葉そのものの、質量が変化したのではないかと考えます。
今回の「巡る」の展示は、過去の作品と比べて変化はありましたか?
2019年までは「分解」をテーマとして表現してきました。
今回は、「紙の価値」に焦点を当てたとき、紙は紙だけでは価値を持たず、人が意思を記すことによって初めて価値を持つという意味を込めています。これまでのテーマとは一変して、「再生」「生まれる」という動的な感覚を表現することとなりました。
制作のきっかけを教えてください。
この作品は、ART × TEC として、2019年に旭化成株式会社という大きなサイエンスとテクノロジーの会社とコラボさせていただいた際、ニューヨークでの個展へ向けて制作展示したものです。(NYでの展示では、その映像作品を生分解性のある不織布に投影しました)
「Rust Beat」
映像では何を表現していますか?
普段の制作の中の1つとして、鉄の錆や金属の酸化を取り入れた作品を作っているのですが、製作中に錆が育つ過程を観察した様子や記憶をヴィジュアル化させています。
錆びる現象というのは、静かで見えない動きに感じますが、実は非常に躍動的なビートがあります。そんなミクロ的な感覚を、映像という媒体で表現したかったんです。分子が酸化、還元を繰り返して朽ちたり、生まれたりするイメージを映像化するために、ヴィジュアルアーティストの藤川佑介さんに映像を構築していただき、イメージを詰めながら共作しました。
映像の中では、赤い色は鉄が錆びていく様子、青い色は銅が錆びていく様子を表現しています。
共同制作はどのように進められましたか?
錆の現象を、絵コンテのようにシーンごとにイメージスケッチしたものを、ヴィジュアルアーティストの藤川氏に、映像として構築してもらい、出来たものをさらにイメージに近いものにするために、何度もイメージ共有を重ねながら作っていきました。
「Rust Beat」は、どこに注目して観てもらいたいですか?
百段階段では、この映像作品は床の間に展示しています。
ある茶人の本を読んだ際に、床の間は「精神の宇宙」を表しているということを知りました。それによると、星は超新星爆発によって「死」を迎え、その爆発の反応によってまた新たな「星」が生まれます。
今回は、金属の酸化現象によって物質が変化し、還元されて生まれていく様子を、その無限に宇宙を巡る様子とオーバーラップさせています。
また、その無限のループは方丈記からも着想を得ています。
百段階段 展示風景
展覧会名: | 「TAGBOAT×百段階段」展 ~文化財と出会う現代アート~ |
開催期間: | 2020年9月11日(金)~10月11日(日) |
開催時間: | 日~木曜日・祝日 10:00~17:00 金・土・祝前日 10:00~20:00 ※入場は閉館の30分前まで |
入場料: | 当日¥1,600/前売¥1,500 ※9月10日まで公式オンラインチケットにて販売 学生¥500 ※要学生証呈示、未就学児無料 |
会場: | ホテル雅叙園東京 東京都指定有形文化財「百段階段」 |
主催: | 株式会社タグボート・ホテル雅叙園東京 |
販売窓口: | ホテル雅叙園東京(当日のみ)、公式オンラインチケット |