制作工程を種明かしする「How to Make」インタビュー。今回はタグボート取扱いアーティストの伊藤咲穂さんにお話を伺いました。
今回ご紹介いただける作品は何ですか?
『Biodegradation/生物分解』という作品と、[ Part of installation 1.1 ] というシリーズ作品についてご紹介します。
作品タイトル『Biodegradation/生物分解』2016
作品シリーズ[ Part of installation 1.1 ] 2019
『Biodegradation/生物分解』の作品について教えてください。
『Biodegradation/生物分解』(2016)は、『土へ還る』(2014)からさらに表現を具体的なモチーフへとフォーカスすることを試みた作品です。
人間の文明は常に、創造と生産、消費の繰り返しです。大量生産、大量消費、大量廃棄型の経済社会から、人は土に還らない素材を産み、腐ることのない食材を作り、また、何万年もしなければ生分解されることのないエネルギー生産のシステムを構築しました。私も「産み出す側の人間」です。そこには重い軋轢と矛盾が存在していると考えます。
タイトル「Biodegradation」に似つかわしくないモチーフ(プラスチック飲料を模したもの)を用いたのはその為です。概念としてのプラスチック製品を和紙でコピーすることによって、「産み出すことに責任を持つ」とは一体何であるかを、朽ち、分解され、循環していく自然の摂理への畏敬と現代社会への問掛けと冀望を表現しました。
[ Part of installation 1.1 ]のシリーズ作品について教えてください。
[ Part of installation 1.1 ](2019)は、インスタレーション作品『Biodegradation/生物分解』(2016)の一部を所有し、鑑賞者が錆和紙の一片からインスタレーション空間へと記憶を呼び戻し、繋がるためのシリーズとして制作したものです。
『円相』2017 東京着物ショー 日本橋三井ホール
絶妙な色合いの変化はどのように作っていますか?
作品は、和紙を作る過程で鉄や銅の鉱物を混ぜているので、空気と水で自然に酸化し、酸化反応による赤錆色や緑青の色をしています。和紙に漉きこまれた鉄や銅の分量割合と錆びさせる時間によって色をコントロールしています。
どのようなきっかけでこの作風にたどり着きましたか?
美大の在学中に、研究素材であった和紙に、土や糸、葉っぱ、砂など色々な物を混ぜ込んで、紙を作っていたとき偶然「錆びていない鉄を入れたらどうなるだろう?」と思いつき、実験してみました。
この作品はどのように観てもらいたいですか?
物質が錆びていくというのは、現代ではイコール「劣化」と思われがちです。
確かに1つの基準では、そうゆう面もあるのですが、物質を元素としてみるならば、実は物質が「安定」していくと表現します。空気中の酸素と反応してO2が結びつく現象というのは、とても自然な事なのです。ですから、錆びることや老いることは積み重なっていく微細な出来事の確かな重なりでもあります。私はそれを非常に美しいと感じています。
いつもどのような場所で制作していますか?
制作は、今のところ外で制作します。水を使う作業なのでどうしても水捌けを確保する必要があります。
ただ、冬は大変寒いので雨風をしのげる、制作専用の工房を早く持てるようになりたいです。
下準備の工程はありますか?
先ず、和紙の原料を水とネバネバの液体とをよくかき混ぜます。通常の和紙製法ではトロロアオイというオクラ科の植物の根っこから出る粘性の強い粘液を用いますが、代用品を使用して制作します。
このネバネバは糊の役割は全くありません。原料(楮の繊維)をよく撹拌させ、和紙を漉くときの水の落ちる
速度を調整する役割があります(他にも役割はいくつかあります)。
水の温度や気温が高いとネバネバの効きが弱くなるので、粘度を調整しながら加えていきます。地下水が出ると水の温度が一定なので作業しやすいです。
画像の原料(楮の繊維)は、晒し(白く漂白したもの)ですが、未晒し(生成りの色)
も表現によって使い分けます。
原料(楮の繊維)と、水+粘液が良く混ざるように力強くかき混ぜます。
段々と、繊維がバラバラになりトロミのある液体になっていきます。
和紙の厚みや、表現の方法によってかき混ぜ方や、原料の割合も変わります。
制作の手順について教えてください。
< 漉く >
制作には、2種類の鉄粉を使用します。還元された鉄粉と、島根県で採取した砂鉄です。
この段階では、まだ赤錆は育ちません。どちらかというと灰色っぽい和紙になります。
網を張った木枠に、流し込み縦、横に動かして繊維を絡めながら作っていきます。
一晩から、二晩置き、酸素と水で酸化させていきます。
< カッティング >
和紙は、水で切ります。これを喰い裂き(くいさき)と言います。
< 色の濃淡(レイヤー)をつけていく場合 >
柿渋と鉄を反応させ、色の濃淡変える場合もあります。植物染料での媒染方法からヒントを得て、鉄と、柿渋のタンニンを反応させることによって赤茶から、黒茶に変化させていきます。
展示方法によって、表現を変えていきます。
< さらに錆のレイヤーを加える >
三六サイズほどの鉄板をグラインダーで磨いていきます。鉄は錆びると表面に皮膜ができるため、それ以上錆びなくなります。そのため鉄板の錆を磨き、表面を剥き出しにします。
表面を滑らかにするために、ペーパーをかけます。
カットした和紙を磨いた鉄板の上に並べ、寝かせ、錆を育てます。
季節や天候によりますが、数日〜1週間程度寝かせます。
一枚一枚、様々な表情の錆和紙として出来上がっていきます。色味を完全に操作するというよりは、7割〜8割程度の色味をコントロールし、後は季節によって気温や湿度の違いによる自然な酸化反応に委ねています。
材料はどのようなものを使用していますか?
和紙の原料である楮(コウゾ)です。紙になるのは、皮部分。原料は、地元島根県石州の楮を使用しています。
自身の制作で使用する砂鉄は、島根県の海岸から採取します。(黒い部分)
真水で洗った後、磁石で小さなゴミと砂鉄に分けます。
道具はどのようなものを使用していますか?
錆和紙や紙を漉くための道具である木枠を自身で作っています。今までで最大一枚サイズで3m × 4mの作品を作ったことがあり、もっと大きな木枠を作って漉いてみたいです。
制作しているときはどんなことが頭に浮かんでいますか?
展示された完成の様子が早く見たいので、そのイメージが頭に浮かびます。
制作工程の中で好きな作業はありますか?
たくさんありますが、強いて言うならば実験中と、詰めの段階、水を触っているときです。
逆に苦手な作業はありますか?
色々な実験をするのに、サンプルとして分量の数字や工程を記録していくことです。瞬発性や感覚に任せてしまうところがあるので、作品制作に関しては数字でも見られるように変えていきたいところです。
制作の中でみんなが真似できる部分はありますか?
ネバネバの原料で紙を作る工程は、子どもでも楽しいと思います。
和紙を好きな形に、水でカッティングできる特徴も、子どもにとっては想像力が発揮できる工程かと思います。
今、作家として何か伝えたいことはありますか?
今回の新型コロナウイルスにより、世界中で多くの方が亡くなられました。あっという間に、一瞬で。
今も、その数字は増え続けています。その儚い命の追悼作品として、一人一人を桜の花びらに見立てた大作を制作し、海外で展示をさせていただきたいです。アーティストとして何ができるだろうかと考え、作品という形で亡くなった方々の存在を残したいと感じ、現在その準備を進めています。