制作工程を種明かしする「How to Make」インタビュー。今回はタグボート取扱いアーティストの前田博雅さんにお話を伺いました。
前田 博雅Hiromasa Maeda |
今回ご紹介いただく作品について教えてください。
現在、主に取り組んでいる『The City Layered』のシリーズについて紹介させていただきます。
『The City Layered -Ginza #1 Aug. 26th, 2019-』
この作品はどのようにして生まれましたか?
これは肉眼だけでは知覚できない光景をカメラによって切り出し、そこに存在する「都市のレイヤー」を蒐集するという活動の中で生まれた作品です。
日常的にはあまり意識しないと思うのですが、都市というのは人や労働、時間、建築などが複雑に絡み合うようにして、現在進行形で作られ続けています。その時代に求められる機能に応じた形に人が変化させ続けているわけです。結果、さまざまな時代の建物が入り混じり、妙なコントラストが生まれています。そうした都市が内包するさまざまな要素を、1つの画面に「層」を想定して視覚的にとらえることができないか、ということが原点にあります。
映像にはよくみると働く人や道を行き交う人々、種々様々の車両、解体中や建設中の現場が、建物の反射に映り込んだり奥行きが歪むことで妙な光景になったりと、虚実が交錯したかのような画面が現れています。
その「都市のレイヤー」を捉えることが、いまわたしたちが暮らしている社会を見つめ直すことにもつながるのではないかと思っています。
この作品を通してどのようなことを伝えたいですか?
近年では誰もが手元にスマホを持っているので、知らない場所に行くこともあまり大変ではなくなってきたように思います。一方で、手元に集約されたいわば“情報”としての世界に頼らないと身動きできず、現実世界の重みみたいなものがどんどん希薄になっているようにも感じます。その意味では、わたしはこの映像でわたしたちが見ているものや認識しているものの確からしさを、現実の風景がどれだけ持ち得るか考えようとしているとも言えるかもしれないです。
まずはわたしたちが普段見ている/見えているものについて、この風景は何なのだろうと、作品の前で力を抜きながら考えてもらえたらいいのかなと思っています。
このシリーズは今後どのように展開していくのでしょうか?
この「層(レイヤー)」は時間的な問題にも言及できるはずで、現在の光景として新旧の建造物とそこにいる人々との関係を見直すこともできるだろうと思いますし、将来的に以前撮影したのと同じポイントに立って再撮影することも視野に入れています。そうした長いスパンでの仕事を通し、過去との比較ができるようになってはじめて全体像が見えてくるシリーズなのではないかなと思っています。
制作する環境について教えてください。
まずは撮影現場ですね。屋外で撮影したり、屋内から外の様子を映したりしています。屋内の撮影では展望台などの高所から撮影することがしばしばです。公共施設では三脚を立てられない場所が少なくなく、場所探しに困ることもしばしばです。路上と思われる場所でもどこかのビルの敷地内だというケースが意外と多くて、どこからともなく警備員の人が現れて止められることもよく遭遇する場面です。カメラを置く/三脚を立てるだけで人の視線が厳しくなる世の中なので、なかなか大変です。最近は自分もだんだん気にしないようにはなってきましたが、邪魔にならないようにだけは努めているつもりです。
撮影以外は、どのような場所で制作していますか?
本体の制作は、実家の一角で制作しています。そのときの作業によって場所を移動しています。ときによってはリビングなど生活空間の中で作業させてもらっているので、親には感謝しかないです。ゆくゆくはちゃんとした制作環境を整えたいですね。
作品の本体はどのようなもので構成されていますか?
本体はディスプレイといくつかの基板、そして木板でできています。木板周りはハンズで、電子パーツは秋葉原やAmazonで揃えています。ディスプレイは、どこからでも鑑賞できるよう視野角の大きいものを選んでいます。そうでないと、PCを横から見たときにときどき見かける、色が反転して見える現象が起きてしまうからです。
カメラはどのようなものを使っていますか?
カメラは4Kが撮れるものを使っています。(今はまだ自分で所有していないですが)
α7 Ⅲは今のところ使いやすいように感じます。ミラーレスで持ち歩きがしやすい上に、夜景など暗い場面でISO感度を高くしても綺麗に写せます。直射日光に当たると熱がこもって強制終了することがたまにあるので、撮影中はその辺りの配慮も必要だったりします。
いわゆるハンディカムタイプではなく、一眼タイプは必須です。この違いは単にズームイン/ズームアウトできる範囲だけではなく、画面上に現れるレンズによる歪みや遠近感まで影響してきます。そのため交換するレンズによって捉えることのできる世界は全く異なってくるのです。このシリーズの場合、望遠ズームが多用されています。
作品本体はどのようなもので制作していますか?
映像の編集はMacBook Proで行い、Adobe社からリリースされているAfter EffectsやPremiereといった映像編集ソフトを用いています。
本体を作るときは、太刃のカッターやドライバー、ハンマーやドリルなど、一般的な工具がほとんどです。ときどき電子工作用にはんだごてを使います。
工作に使用する道具(ドライバー数種やテープ類、はんだごてなど)
撮影の仕方について教えてください。
撮影は4K動画が撮影できるカメラを用いて、スチル用の三脚で撮影しています。ほとんど画面はフィックス(固定)です。
撮影する被写体は、その日やそのときの天候に左右されることが多いです。晴天であれば映り込みを撮るのに最適ですし、少し曇天ならば映り込みよりもパースペクティブ(遠近感)が不思議に感じられる光景を撮るのに適しています。
撮影する被写体はどのように決めていますか?
事前にGoogleマップなどで面白そうなところをリサーチしてはいますが、必ずいい画が取れるかというとそんなことはなくて、期待はずれの場合もあればどこか示し合わせたようでつまらなく感じてしまう場合もあります。むしろ予想もしていなかったような衝撃を与えてくれる光景は、歩いている中でふと見つけることの方が多いかもしれません。
しかし、少しでも心が動いたものは撮影するようにしています。というのも、現場ではうまくいかないなと感じたものでも、あらためて見返すと意外に使えることがあるからです。撮影時の思い入れや熱を抜きにして、突き放して見返さないと本当に面白いかどうかの判断が鈍くなるので、撮影と編集(素材の選定)を同じ日にやることはあまりないかもしれません。見返した後、改善点を見つけて別日に再撮影に行くこともしばしばです。
編集方法について教えてください。
多くの場合、After Effectsというソフトで編集します。どんなソフトかというと、Photoshopの操作が映像に対して行えるもの、というとわかりやすいかもしれません。ドラマのようなカットをつなぐ編集を行うよりも、ある特定のシーンの加工や合成を得意とするソフトです。
編集においてこだわりはありますか?
作品はなるべく自然にループするようにしたいので、撮影時点で少なくとも5分以上、10分くらいは録画するようにしています。
撮影時はできるだけ天候が一定している時間帯を狙いますが、天気が相手なのでそううまく行くことはなく太陽が出たりかげったりしてしまうこともあります。その場合は特定の部分を指定して色補正を施し、全体の違和感が少なくなるようにしています。
これまで発表しているものは多くの場合、編集を最低限に抑えています。ループがそれらしく見えるように色補正したり、窓の中の光や人影を調整したりと、微調整程度にしています。
映像制作の過程で心がけていることはありますか?
この『The City Layered』のシリーズの場合、素材の選択で作品に使うかどうかが既に決まってきます。
何を以ってよしとするかは毎回難しい判断ではありますが、共通することとして、
・人やその動きが把握できるサイズ感であること
・建築物のディテールや周囲の様子がわかること
・違和感のある画面(平面的に知覚される/2つ以上の視点が物理的に合成されている)であること
の3点を、撮影時点でも考えてカメラを回していますが、編集時点であらためてシビアに見るように心がけています。
制作にはどれくらいの時間がかかりますか?
本体の組み立ては1つにつき1日〜2日くらいでしょうか。ディスプレイ裏の箱を作るのがメインの作業です。そこには再生機となる基板、ディスプレイを制御する基板などが格納されています。木板を組んで箱を作りますが、箱のために釘を打ったり、ドリルで穴を開けたり、電源ボタンなど配線のためにはんだ付けしたりします。
再生機は、映像がループで流れるようにプログラムを書いています。
今、作家として心掛けていることはありますか?
今回紹介させていただいたシリーズにおいては屋外での撮影を行ってきたので、外出自粛という状況に厳しいところがあるのは確かです。
しかし、何かしら手を動かしたり、吸収したりする姿勢は維持しようと心がけています。今までやろうとして後回しにしていたことに取り組むチャンスと捉えることもできると思います。今は、気になっていたアイデアや、思いついた後放置していたものを整理する時間に当てています。また作品化しようとして途中で素材に終わっているものの活路を見出せないか見直すこともしています。
今後の活動についてはどのように考えていますか?
世界の状況は刻一刻瞬く間に変化していきますし、おそらく今回の騒動以前の世界に戻ることはないのではという気がしています。自分自身、自分の作品や考え方が今後どのようになっていくかわかりません。
しかし過去にしがみつきすぎず、一方で自分にとって譲れないものや欠かしてはいけないところは流されず、自分と世界(他者)を冷静に見つめ続け、常に往復することができたらいいなと考えています。なかなか難しいことだとは思いますが、制作する上でも生きる上でも必要なことだと思うので忘れないようにしていきたいです。