制作工程を種明かしする「How to Make」インタビュー。今回はタグボート取扱いアーティストの渡邉富美子さんにお話を伺いました。
渡邉 富美子Fumiko Watanabe |
今回ご紹介いただく作品について教えてください。
去年の暮れから制作している風景画シリーズのひとつです。油彩になります。
この作品はどのように思いつきましたか?
自分の記憶からインスパイアされて絵を描くことが多です。この作品のモチーフは私が暮らしたロンドンにあるテムズ川です。おそらく、十代から二十代を福井県の豪雪地帯と雨の多いイギリスで過ごしたせいでしょうか、私の描く風景画は往々にして天気が悪くなってしまいます…。
今回ご紹介する絵は、もともと晴れた夜景を描くつもりが、描き進めるうちに「なんかこの空の色、雨模様。仕方がない、雨を降らそう。」となり、その下絵をもとに雨の日の風景を描こうと思ったら、ついに雪になってしまった…ピカソの青の時代ならぬ、私の曇天時代にルーツをもつ絵です。
自分の絵が勝手に変わってしまうことはよくあり、以前は困っていたのですが、最近は良いこととして受け入れています。なぜなら自分の描きたいものに頑固になるより、その時の色の偶然性や、自然な筆の運びを活かして変化を重ねた作品のほうが、結果的に面白いものになるからです。
ともあれ、今は冬でもほとんど雪の降らない関東に住んでいるので、いつか晴れた日の絵も増えるはずです!
制作現場はどのような場所ですか?
自宅の和室を使用しています。賃貸なので絵具で部屋を汚さないように工夫するのが大変です。
材料は何を使用していますか?
主に使っているのはホルベインの Duo アクアオイルです。
私は油絵具の発色が好きなのですが、油絵具は他の絵具に比べて臭いがキツく、特にテレピンの刺激臭は居住空間で使うにはいろいろと問題がありました。そこで、テレピンを使わない油絵具を探したところ上記の水溶性油絵具を見つけました。テレピンの代わりに水を使えて経済的ですし、オイルの加減で油彩独特のトロッとした感じも十分に出せるので重宝してます。
また、この作品ではしませんでしたが、たまに絵具に砂やチリを混ぜてみたり、乾いた絵具をヤスリで削ったり、技法がマンネリ化しないよういろいろ試しています。
制作はどのように進めますか?
自分の古いスケッチがたくさん入った靴箱を1つ持っています。そこには、なんとなく描いた水彩画やドローイングが「寝かせて」あるのですが、たまにその靴箱をぬか床のようにほじくり返します。すると、年月を経ていいかんじになったキュウリ…ではなく、スケッチが出てきますので、それをもとにこの絵も描きました。
この作品で参考にしたのは2枚の水彩画です。その2枚をもとに、さらにipadで簡単なイメージ画を描いてからキャンバスに描き始めました。この一連の作業をするときは、具体的に何が描いてあるかよりも、寝かせてあったスケッチがもつ「空気感」を引き出すようにしています。
今、作家として何か伝えたいことはありますか?
「絵を描く」というと、きちんとした筆を揃えて、高価な絵具やキャンバスを買ったり…なにかと物入りで大変、というイメージをもつ人はまだ多いと思います。
でも、今ではスマートフォンのメモ機能などを使い、指一本で絵が描けてしまいます。実際、ディビット・ホックニーがiPadで描いた絵は彼のキャンバスの絵に負けないくらい魅力的で、画集にもなっています。絵として認められるのに、キャンバスに絵具で描かなければいけないというルールはなくなりました。ゴッホが嵐の日にイーゼルを苦労して打ち立てていた時代にくらべると、私たちの時代はずいぶんとアート・フレンドリーです。
そこで、長期化する外出自粛を逆にチャンスとして、なにかを創造し始める人が増えてくれればいいと思います。そして、アートは敷居の高い、難解なものではなく、日常的で身近なものだという考えが日本でも広がって欲しいです。
渡邉 富美子Fumiko Watanabe |