制作工程を種明かしする「How to Make」インタビュー。今回はタグボート取扱いアーティストのAiraさんにお話を伺いました。
Aira |
今回ご紹介いただく作品について教えてください。
「I can -.」シリーズです。
「I can -.」シリーズは、去年、香港の大規模なデモがまだ収束していなかった頃に制作しました。しかし、デモ自体がきっかけになったのではなく、日々流れるデモのニュースの映像を目にしながら、何かの前兆のように社会の秩序が崩れていく様子を遠くからただ見守るだけの状態に、ある種の無気力感を強く感じていました。
私は幼い頃からから家庭内において、それと似た様な無気力感を感じて育ちました。愛情表現の方向性が修正されぬまま、安心や自由を感じることはほとんどなく続いた厳しい躾(愛情の有無、暴力の有無を問わず)が残した複雑な感情や記憶が、デモの映像によって蘇ったのかもしれません。
現在我々は新型コロナによるパンデミックという困難の真只中で(2020年5月時点)、自己防衛、不信、不安に陥っており、作品の人物はその感情を強く反映していますが、個人の体験の中にあるプライベートな感情と同じものを社会的な事象から受け取る体験は私にとって未知のものでした。これを共有するべく制作を思い立ち、現在に至るまで本シリーズの制作は続いています。
ごく個人的な話が、社会全体の話になり、社会全体の話をまた違う個人が深く理解する。アートの社会的な役割の一つだと感じています。
制作現場はどのような場所ですか?
アトリエです。東京から富山へ引っ越すにあたり、自分の中で一番のメリットとしてアトリエの確保がありました。3年弱経ちますが、東京のマンションの一室で制作していた時に比べ、作る数も増え、サイズも大きくなりました。
アトリエで気に入っている点はありますか?
一番気にいっているところは、シリーズ作品をいくつも壁に展示できることです。
シリーズの点数が多いので、実際の展示と同じ様に並べ、離れたところから全体を見渡すことができるのは非常に大きなメリットだと思います。
アトリエの制作でこだわっていることはありますか?
少なくとも2、3点、多い時は10点程度を同時に進めています。
以前は油絵が多かったので、絵の具の乾燥を待っている間に違う作品を進めていました。その習慣がそのまま自分の作業スタイルとなっています。
いくつもの制作を同時に行って作品一つ一つに対する集中力が落ちませんかと、他の作家さんに尋ねられたことがありますが、むしろ他の作品がよい刺激となり完成度が高まったり、個々の作品をより客観的に見ることができると思っています。
この作品にはどのような材料を使っていますか?
アクリル性の顔料や絵の具、ミクストメディアを用いています。
筆はどのようなものを使っていますか?
木の表面に直接筆を当てますので、どんなに丈夫な筆でも細いものであればある程、すり減りや毛先の割れなどが早いので、多めに用意しておき、新しいものに交換しながら進めています。
時々、高価な筆を使ってみたいと思うのですが、あっという間に毛先がダメになると考えると、コストを抑えて量を確保する方をどうしても選んでしまいます。
この作品の制作工程を教えて下さい。
このシリーズ作品については、典型的な工程の絵画で、まず頭に完成イメージがあって、それを追いかけながら進めていきます。
他のシリーズ作品と比べると下書きをしっかりします。画面に直接ラフを描いて、線を一本に整理した後、彩色で完成します。
イメージについては、尖っているものや、ピカピカに磨かれた金属の反射面、粗い木目などのテクスチャからインスピレーションを得ています。私の場合、形より色の方が先に決まることが多いです。
やはり日常的に目に入るものを作品に昇華させているため、作品のアイデアや構図には連続性があると思います。
例えば下の画像の場合、食器というモチーフから母の姿を想像しつつ、反射するテクスチャを使って作品にしました。
制作にかかる時間はどれくらいですか?
1~5日ぐらいですが、それは完成のイメージが頭にできてから、すなわち手を動かすだけになった時点からです。大体1日朝10時から、午後5時まで作業をします。
制作風景動画
今、作家として何か伝えたいことはありますか?
政府を始め、各メディアが毎日のように情報を発信しています。
最初は情報を追いかけていたものの、次第に情報の量の大きさに処理が追いつかなくなり、何が正しいのか考えられなくなってしまいました。
その一方、アートは情報伝達より、むしろ自ら思考するよう手助けをするという点に置いて、どのメディアよりも静かな発信の仕方だと思います。
「今こそアートを」と曖昧で抽象的なフレーズには違和感を覚えますが、私としては、アートに限らず様々な芸術に多く接する事で、一度目や耳を塞ぎ、立ち止まって我に返り、その瞬間すべき大事なことを思い出す、もしくは想像する事で、未来に繋がるキッカケを得られるのではないだろうかと考えています。
自粛時に限らず、ぜひ好きな作家の作品をじっくり眺め、作品が語るメッセージや、自分がそれと向き合う瞬間の意識の向上を感じて欲しいと願います。
Aira |