=エッジィな街のぶっとびプロジェクト「ロウライン・ラボ」=
独特のフォルムが際立つ、フランク・ゲーリーが手がけたIACビルディングや壁面がガラス窓のスタンダード・ホテルなど、トップクラスの建築家たちによるアーティスティックな建築物が立ち並び、街全体にハイファッションな高級感が漂うハドソン川に近いミートパッキング地区。そこからチェルシー地区に沿い南北を走るような空中公園「ハイライン」がある。
長年放置されていた高架鉄道の廃線跡の取り壊しが決定したことを聞きつけた地域住民たちが反対運動を起こしたことがきっかけで「ハイライン」が誕生した。 路線跡はそのまま残し雄大な川や空、花や植物などナチュラルなアイテムと隣接する近代的な建物群が融合した景観は、新しい都市空間のあり方を示唆しながら、リラックスした憩いの場として瞬く間に人気を博すようになる。今日では、ニューヨークの観光スポットとしても有名になり、世界中から多くの人々が訪れている。2015年春には、ホイットニー美術館もアッパーイーストサイドからハイラインに隣接した場所に移転、新館オープンを果たし、ハイライン周辺地域はいっそう華やかな賑わいを見せている。
ハイ・エンドでトレンディ、そんなロウワーウェストサイドとは対照的に、ロックでファンキーなロウワーイーストサイド(以下LES)では、廃線を活用する以上にぶっとんだ大プロジェクト、地下公園「lowline (ロウライン)」の実現化を担ったプレゼンテーション「ロウライン・ラボ」が開催中である。
「ロウライン」とは、ハイラインがオープンした年に、建築家のジェームズ・ラムジーと当時グーグルのストラテジスト(投資やプロジェクトなどの戦略を立てる専門家のこと)だったダン・バラシェのふたりが、LESの地下鉄デランシー駅構内の古いターミナル跡がずっと放置されていることに着目した。1903年に竣工されたWilliamsburg Trolley Terminalというこの巨大な伽藍堂は1948年に閉鎖されて以来ずっと放置され、路面電車の車庫として使用されていた。
ほったらかしのこの巨大な空間を公園にしたら面白いんじゃないか、地下に公園があってもいいじゃないか、”ハイライン”が廃線を利用した空中公園なら、地下鉄廃墟を利用した地下公園なら”ロウライン”だと、ぶっとんだプロジェクトを立ち上げる。この荒唐無稽ともとれるアイデアに「おもしろい!」と優秀な若いクリエーターたちが次々と賛同し仲間が集まった。机上の絵空事だったプランは次第に実現可能なプロジェクトとして動き出していた。
資金調達には、ロウラインプロジェクトの立ち上げとほぼ同時期にインターネット上に現れたクラウドファウンドの新しいシステム「Kickstarter(キックスターター)を活用。ジェームズたちの突拍子もないアイデアに多くの人々から支援が集まり、彼らの予想をはるかに上回る早さで、活動資金の目標額約15万ドル(当時のレートで約1900万円)をあっという間に達成した。(クラウドファウンドとして有名になったこのKickstarterも本社オフィスはLESにある。)
集まった資金をもとにジェームズたちは、2012年9月にデランシー駅内の廃墟跡で実物大模型展を開催した。 地上から太陽光を取り入れた「リモート・スカイライト」とその光を反射させる「キャノピー」と呼ばれるメタリックな天井で、真っ暗な地下空間に緑の園を創り出し、近未来的空間地下公園「ロウライン」実現化に向けて大きく飛躍した。大企業もスポンサーに加わり、入場規制を行う時ほど多くの人が足を運んだ模型展は、短期間に一万人を超える入場者数を記録、国内外の多くのメディアにもとりあげられるほど大反響を呼んだ。
空いているスペースや古い建物の良さを再認識し”古さ“と”新しさ“を融合させ、発想と発案を繰り返し、新しい「時代」を創り上げていく新世代のクリエーターたち。テクノロジーと自然の共存を目指し、大企業やベンチャービジネスなども巻き込んで、新たなビジネススタイルも築きあげながら夢を実現させていく。無名ながらも有能な人材が集まり、意見やアイデアを交換しながら「ロウライン」計画のプログラムを詳細に煮詰めていき「デランシー・アンダーグラウンド・プロジェクト」として、さらに大きく様々なジャンルの最先端技術と関わりながら、壮大な夢の実現に向けて着々と進行させている。
住宅と道路がひしめきあう移民街だったLES。ロウラインの生みの親のひとり、ダンの祖母もこの街に住んでいた。ニューヨーク市の開発計画からはじきだされていた末端の街には、時を経てこの街の子孫たちによって新しく発展しようとしている。アートギャラリーだけにとどまらず、建築やデザインのオフィスも多い。既成にとらわれず次世代に向けて”next new” を生み出そうとする知性と行動力が街じゅう至る所で垣間見れる、それがLESの大きな魅力ともなっているのだろう。
1)
デランシー駅構内に放置されていた巨大なターミナル跡地。以前は、デランシー駅のプラットフォームからこの一部分を垣間見れた。
写真引用:ウェキメディア・コモンズより
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:LowLine_Existing.png?uselang=ja
2)
キックスターターで集めた資金で始まった「ロウライン」プロジェクト。試験運用のための実験室「ロウライン・ラボ」は入場無料、2017年3月まで週末限定で一般公開されている。リモート・スカイライトの実用実験、植物学の専門家チームなど様々な分野が実験に参加しモニタリングしている。
3)
大型模型が設置されたラボ会場内。ソーラーシステムで太陽光をとりいれ、50種類3000もの花や植物が健やかに育っている。澄んだ空気が漂う不思議な近未来空間を体感できる。ロウライン建築予算は7,200万ドルが見込まれ、計画通りに2018年−19年にかけて着工し、成功すれば世界初の地下公園が誕生する。
4)
ロウライン計画は、地下公園オープンの実現だけでなく、様々な可能性も探求したプログラムを組み込んでいる。そのひとつに「young designers」がある。LES地域の小、中学生を対象にしたアフタースクールプログラムで、子供達にロウラインラボをツアーガイドし、プロジェクトの意義を体験してもらう。 デザイン工学・ハイテクノロジーや都市計画、市や地下鉄との協議や法律、社会との関わりなど、計画に関わる様々な分野で掲げられている問題について、子供達にも意見を聞く。問題解決のための思考と技術を学ぶ機会を供給することで、子供達の好奇心や探究心を深く刺激する。
5)
プログラムは13週間に渡って行われ、終了後、子供達の作品はLESのギャラリーで展示される。地域コミュニティとの関係を築き上げていくことで、ロウラインプロジェクトが地域住民にとって身近な存在であることを認識すると同時に、地域への愛着心も生まれてくる。
6)
ロウライン・ラボから少し北上したところで行われていたパフォーマンスイベント。リース切れで空いている店舗を無料でアーティストに提供してもらい、ミュージシャンやパフォーマンスアートなどがポップアップに開催されていることも珍しくない。
7)
イベントコーディネーターのデニース。LESを愛する彼女も移民の子孫。
8)
音楽とダンスのパフォーマンスを披露したアーティストRyan&Kerry
9)
”pop up art show”の看板。 家主が留守の間、住居をギャラリーにした展覧会。
10)
広いアパートスペースを利用して、アーティスト自ら運営し壁という壁には、アート作品が所狭しと展示されている。 写真の人物はアーティストのBep1NYCさん。
11)
ベッドルームもアート作品でいっぱい。 この“いいかげん”さもクールになるのがLES的。
140 Essex Street (between Rivington/Stanton Streets)
Lower East Side, NYC
Subway: J/M/Z/F to Delancey/Essex
Text&photos by Sai Morikawa
ニューヨーク在住アート・イベントコーディネーター
ウェブサイト:http://www.nyartwave.com
ブログ:http://nyartjournal.blogspot.com
メルマガ:http://www.mag2.com/m/0001606545.html