数あるアーティストの中からどのようにセレクトすればよいのか分からない人は多いだろう。
今の時代を生きる様々な有識者から、買うべきアーティストをセレクトするための知識や学びを得て、我々がどのようにアーティストを選べばよいのかを考えていきたいと思う。
作品を見たときに感じる「違和感」を大切にする。というのは重要なキーワードだ。
見たときに分かりやすく、腹にすっと入る作品というのは逆に違和感がなくて面白くないと感じるほうがよいコレクションを形成することに役立つ。普通っぽいかオーソドックスであるというのをよしとしない考え方だ。
何か心に引っかかるものに魅力を感じることが良いアートのセレクトにつながるのだ。
俳優やエッセイスト、折り顔アーティストなど様々な分野で活躍される松尾貴史さんもその一人だ。
■松尾貴史 Takashi MATSUO
プロフィール:俳優/エッセイスト/折り顔作家(※)/カレー店・下北沢「般゚若(パンニャ)」店主。1960年、神戸市生まれ。大阪芸術大学デザイン学科卒。「週刊朝日似顔絵塾」塾長、日本文藝家協会会員、日本ソムリエ協会名誉ソムリエ。読売演劇大賞優秀男優賞(2019年、2022年)、紀伊國屋演劇賞個人賞(2022年)など受賞。
俳優、エッセイスト、折り紙作家、カレー店店主と様々な肩書を持ちながら飄々と活躍されているが、その業界の直球ど真ん中を行くというよりも、何かしら異質なことに次々とチャレンジし続けているイメージであるのが松尾貴史さんだ。
何か変だなと思うことには常に興味と好奇心が留まることがないのだろう。
松尾貴史さんのアートを見つめる目は、アーティストとしての目である。
異質なものを探しているというより、異質なものに気付いてしまうのだろう。
それは色んなものを面白おかしく斜めから見る習慣や感受性なのかもしれない。
そのような感性が新しいアートに気付かせてくれるのだ。
松尾貴史さんが数あるタグボートのアーティストの中でセレクトされたのが以下の5名である。
いずれも、何か「異質なもの」を感じ、心に「違和感」を残したアーティスト達である
主に新聞や雑誌など、「活字」を媒体に”記憶を記録する”をコンセプトに制作している。 この世に存在する物には、その”モノ”が存在した時代、歴史、そして人々の記憶が刻まれていると考え、その記憶を当時の資料をもとに今まで形がなかったものを”実体化”することにより、目に見えないものとして存在していただけの記憶を”記録”として残している。 近年は紙や立体だけでなく、様々な素材、表現方法を駆使し、“記憶を記録する”を表現した作品を制作、発表している。
「まず一人目は足立篤史ですね。どうして彼を選ばれたのでしょうか」
「自分の中にはない記憶というものを想い起こさせてくれる表現に惹かれましたね。」
「なるほど。どのように作られているかという疑問を持って作品を見ると、通常の紙ではなく、昔の新聞や雑誌が原料であることが分かります。具体的には戦艦とか戦闘機などのことが書かれた記事を見付け出すという作業が大変だということが分かりますね。」
「文字が記号として書かれているだけではなく、昔の新聞ならではの質感が出ていますね。つまり視覚情報として、文字が記号と質感の間を行き来しているイメージが面白いですね。」
「足立篤史が作品を作るときに、記事を見つけるのが先なのか、モチーフとしての戦艦や戦闘機が先なのかはその時々によるみたいですが、昔の文字のフォントの質感が作品に色合いを与えていることは間違いないですね」
ケント紙・イラストレーションボード・ダンボール・和紙・新聞(1945~1946 日本)
10x 93 x20cm, 2016
雑誌(LIFE、1969、アメリカ)、インク、 透写紙、アクリル板、和紙
40x 30x 1.8cm, 2023
新聞(Московский комсомолец、2004、ロシア)、和紙、糸、ボタン、蒟蒻糊
18x 13.5 x12cm, 2022
無常感を表現している。あらゆるものの有限性はそこから生じる喪失感をはらむ。 喪失感は可愛いや愛おしさという感情が含まれると思う。いつかは物は壊れてしまう、身体も失われてしまう。近年の自然災害などで感じるのは圧倒的な大きな力で一瞬にして崩れていく平穏な日常があり大きな変化がある不安定な上に私たちの営みは成り立っているというこ とだ。そういうものの上に私を取り巻く日常の風景がある。こうした現実が、日常の裏にあるということを自然に示しているのが、「かわいい」や「愛おしい」といった言葉なのではないだろうか。絶えず変化していく日常に潜む可愛いや愛おしさを記録したい。
「次は立体作家の小池正典。彼を選ばれたのはどういった視点でしょうか?」
「彼の作品には、彼自身が想像したコロニーの住人のような架空の人と対話しているかのような楽しさがありますね。」
「松尾貴史さんには摩訶不思議なフィギュアがコロニーの住人のように想像できるのですね。確かに、そうすると作品との対峙の仕方が変わりますね。」
「小池さんは色使いもポップで爽やかですね。快適な雰囲気をまとっていますので、居住空間に置いてもさりげないですね。欲しくなります。」
「毎日家にいて楽しくなるフィギュアという捉え方ですね。そうすると個人の好みが強く出るのですが、彼の作品はキャラが強いので最適ですね。」
陶土、釉薬、手びねり
18x 12 x6cm, 2022
キャンバス、アクリル絵の具
61x 73 x3cm, 2023
陶土、釉薬、手びねり
19x 6 x6cm, 2022
私は日本海に面した海の近くの小さな町で生まれ育ちました。 そこは夕方から夜への移り変わりがドラマチックで、その色彩や夜の海の黒い広がりが私の美意識に影響を与えています。 私の作品は写真作品です。絵画的に構成した作品と、ある人物を四季を通じて撮り続け編集した作品があります 私達の出来事に対して何事も無かったかのように過ぎ去っていく季節、その残酷性と、無関心さゆえの寛容さに美しさを感じます。
「写真作品を選ばれたのですね。」
「佐藤弘隆さんの写真には江戸川乱歩の世界観を感じます。」
「なんと、江戸川乱歩ですか! 怪奇小説や人間の異常心理を描いた作品が多いあの江戸川乱歩ですよね。そこに宿る精神性を作品の中に感じたのでしょうか」
「写真なのですが、演劇的な要素がありますね。ストーリー性が感じられます。」
「怪奇な現象が現実の世界に起こったとしたらこうなるかもしれないといった物語ということも写真だからこそ鮮明に印象付けます。」
「超現実主義のデペイズマン的な唐突な組み合わせによる違和感を感じますね。その組み合わせを遊ぶ感覚が魅力的です。」
「デペイズマンとは『人を異なった生活環境に置くこと』のフランス語ですね。居心地の悪さ、違和感を感じさせる何かが作品の中に物語としてありますね。」
LightJet photographic print , ed-/5
62.4x 87.1x 3cm, 2010
LightJet photographic print , ed-/3
118.9x 77.9x 2.6cm, 2022
LightJet photographic print , ed-/2
87.2x 145.6x 2.6cm, 2006
日本とイギリスの背景を持ち、 日常の経験や実感、視覚情報を絵画に変換することで得られる、 素朴な喜びを主なモチベー ションソ ースとして制作を行なっている。 最近考えているのは「理解するということ」 と「脳内イメ ー ジの生成プロセス」。
「フルフォード素馨(ジャスミン)はどういう部分に違和感を感じましたか」
「想像力が自由な広がっているところと、独特の表現手法がなかなか他では得難いと思いますよ。」
「彼女の世界観はまさに自由の中の自由ですね、制約がほぼないという意味で。というのは一般的にアーティストは、自分の作風はこうだ、とある程度自分自身で制約している場合がありますから。」
「そうですね。自由なところだけでなく、大人のシュールなメルヘンも感じるんです。」
「まさに。シュールで且つメルヘンチックという作風の作家は少ないですからね。おそらく自分で面白いと感じたときにすぐに絵画制作に着手するのでしょうね。そういった天真爛漫な作風は好感度が高いですね」
キャンバスに油彩
31.8x 41 x2cm, 2021
天竺に油彩
80.6x 65.2 x2.5cm, 2022
「追いかけながら逃げる/逃げながら追いかける(とても速く)」
天竺に油彩
80.3x 100 x2.5cm, 2021
フルフォード素馨 Jasmine Fulford 作品一覧>>>
樹々を燃料としての炭ではなく創作するための炭焼きをする。炭窯でじっくりと炭化させた後に成形をし磨きあげることで輝きを纏った作品が生まれる。 私は無塗装の炭の美で、 自然との共存や循環、 再生をテー マに炭化技法が国際的なひとつの芸術表現として広まるよう創作活動をしている。
「木炭を研磨して作るアーティストであるヒョーゴコーイチはどこが面白かったですか」
「ヒョーゴさんが作った作品が炭化させる前はどんな姿だったかという過去を想像するのが楽しいですよね。現在のフォルムや質感から想像できることがあります」
「確かに。研磨の具合も炭化する前の木材である程度予想はできるものの、炭化させる途中で木が割れたりすることもあり、それが作品の「味」につながっています。
「この作品が未来にどうなっていくのかを考えるのもいい心の体操になります。
「松尾貴史さんの折り顔の作品も一枚の同じ大きさの紙を元に作っていますよね。
最終的にどのような形になっていくかは折りながら考えて寄せていくので、当初予想した通りにならないのも一つの楽しみですね。」
炭化彫刻(無塗装)/檜
6.5x 9 x5cm, 2022
炭化彫刻(無塗装)/檜
47x 20 x12cm, 2023
炭化彫刻(無塗装)/檜
16x 16 x16cm, 2023
ヒョーゴコーイチ Kooichi Hyooogo 作品一覧>>>
「本日はありがとうございました。松尾貴史さんが常日頃から感じる違和感を作品から読み取っていく術はさすがですね。日常とは切り離された意外な組み合わせを頭の中で考えるのは作品を見る楽しみになりますね。」
「こちらこそありがとうございました。アーティスト目線での作品を選ぶ視点が参考になれば嬉しいです。」
「松尾貴史、鎌倉で顔を折る」
松尾貴史 折り顔展 2023 2023年4月14日(金)~ 5月14日(日)
会場:「アピスとドライブ」 神奈川県鎌倉市佐助2-13-13
https://apis-and-drive-shop.com/pages/origaoten2023
折り顔 ORIGAO
松尾貴史 展「ambivalent」インタビュー
(※)折り顔とは、1994年に松尾貴史によって名づけられたアートの手法です。日本の生んだ美しい伝承文化である折り紙の手法により、人類すべての数がある「顔」を造形的な特徴や表情、世界観まで含めて表現する現代美術の一つです。