緻密な筆致で描き込まれる、どこか不思議な都市の姿。建物や人々が宙に浮かぶ、SF映画のワンシーンのような光景。
長岡造形大学にて建築を学んだ姉咲たくみが展開する作品群は、架空の建築を中心とした独自の壮大な物語から切り取られたもの。
制作を始めた頃から変わらずペン画で描かれる作品が、現在に生きる者を未来へと導く道標になると確信する作家の横顔に迫った。
爆心地、重力異常場
―姉咲さんは細密に描かれたペン画の作品で人気を得ています。普段どのようなペースで制作されているんですか?
アーティストとして本格的に活動し始めてからは、1日3時間は絵を描くという生活を8年間ずっと続けてきました。
土日は、5時間くらいですね。
―2020年12月には「悪の建築展」という展覧会を開催されていました。開催されてみていかがでしたか。
今回は、集客でFacebook広告を使ってみました。コロナ禍で、それほどの集客も見込めませんでしたし、出展者の皆と相談して、広告費の30%は紙のDM、70%はFacebook広告に使うというやり方を実験してみたんです。
DMってどれくらい効果あるのかと今まで疑問に思っていたんですが、実際、ほとんどの人はDMではなくFacebook広告を見てきた人でした。
でも、展覧会に来た人が記念に持って帰れるにしようと思って一応DMも作りました。直接会った人に渡すと来てもらいやすくはなりますね。
―なぜ、「悪の建築」というタイトルなんでしょうか?
「悪」という言葉を使うと単に「悪い」イメージがありますよね。
ですが、たとえばスーパーヒーローが登場するようなフィクションの世界だと、よく「悪の科学者」が出てくるじゃないですか。最後には正義に倒されてしまうことが多いけど、でも、実は強大な科学力を持ってるんですよね。「悪の科学者」は見方を変えれば、かなり尖った、才能が突出している、時代の先を行く人々だと思うんです。
普通の建築にはない、ずば抜けた、突出したものがあるという意味を込めて「悪の建築」と名付けました。
「悪の建築」では建築を学んだことが無い人も参加していますが、建築に通ずるアイデアを持つアーティストが集っています。
―建築学科ご出身ですが、在学時から実用性を重視しない、アートとしての展示にご興味があったのでしょうか。
そうですね。イギリスにロンドン大学バートレット校という学校や、そこから近いところにAAスクール(英国建築協会付属建築学校)というのがあるんですが、これらの学校は世界の建築学校の中でも特に生徒の作品がぶっ飛んでいるんです。
ロボットを作ったり、身体に取り付けるパーツを作ったりとかしてるんですよ、建築なのに。実用性というより、その人が考える建築とは何か、に着目して取り組んでいるんですね。
大学3年生のときにAAスクールの作品集を見て、かなりの衝撃を受けました。近年、脱構築主義というものが建築界を席巻したんですが、その一派は実際に建てられない建築を自由に構想しています。AAスクールは、脱構築主義であるザハ・ハディドなど世界の有名な建築家を輩出しています。そんな凄まじいアイディアを持つ世界中のライバルに勝てる自信がない、戦うには何が足りないんだ?って考えてた頃でした。その日から自分の考える建築って何なのか、問い直すようになりました。
それからというもの、「実現しない建築」に走り始めましたね。
―それが転機となったのですね。
修士過程ではどういう方向に勉強されていったんですか?
修士はアートに特化した方向に持っていこうと思って。
卒業設計はドローイングで、旧約聖書のエデンの園の知恵の実を食べた人間が追放されたその後、エデンの園はどうなったのか?というストーリーを表現し、提出しました。
卒業設計作品「LemEden:虚無の建築」
―建築というよりは、もう精神世界のイメージと言えますよね。
はい。そしてそのころから今の制作方法であるペン画を始めました。
学部卒業後、修士課程に進んでも、自分がやりたいこと、やれることが何かわからなくてふらふらしていたんです。
一番やりたいことはアート。でも、アートで建築をやるにはどうすればいいのか分かりません。ひたすらいろんな芸術祭や美術館へ行って色々見て回っても、答えが出ませんでした。
修士過程を修了するための設計の提出期限が迫ってきても、中間発表もボロボロで。教授にも「君、卒業できる?」って聞かれちゃうくらいでした。
そんなとき、当時は書店でバイトしていたんですけど、本棚の整理をしているときに、生物学者福岡伸一の本「動的平衡」に出会ったんです。
その本の中では、科学的事象の例え話をアートに置き換えているんですよ。特に、生物の細胞の話を、名和晃平のガラス玉の作品「PixCell」に例えていていたのが印象的でした。
それを読んで、あ、これだ!と思って。
―そこにヒントがあったんですか?
はい。ちょうどその時、卒業設計の論文は時間論、物理学、生物学をテーマにしていたんです。
実は物理学もけっこうそういう話の例え方をするんです。時間の流れを、アリスのお茶会に例えて考えてみた、という話とか。
マニアックな人だと、SF映画のスタートレックに登場するメカが、後々現実世界で実現するテクノロジーにつながってくる、という話とか。
物理学者ってけっこうロマンチックだからそういう話が好きみたいで、よく出てくるんですね。
それで、自分のやりたいアートって多分これだなと思ったんです。
建築を何かに置き換えて、夢のあるたとえ話にしたい。想像の産物やSFに登場するようなものでも、今後の何かにつながってくることを示したいと考えました。
もしかすると実現はしないかもしれないけれど、エンターテインメントとしては十分面白いんじゃないか?と思ったんです。
それで、修士設計を構想し、ドローイングを描いて50個くらい小さな模型を作りました。
―反響はどうでしたか?
大学の先生に言われたのは…もう、あまりに軸から外れちゃってて評価ができないって言われました。担当の先生にはずっとその話をしてきたので、なんとか評価してもらえましたけど。
―周りとは違うフィールドに走り出していったんですね。
そうですね。「いや、それでいいの?!」って言われましたけど、最後には「あいつ、天才だから」で片付けられました(笑)
喫茶ランドリー 「Update01」展示風景 (2021年5月開催)
―卒業後はIT分野で就職をされています。
はい。でも、終了制作展が終わったのが2月で、3月の卒業式まで1か月時間があったので、建築事務所でアルバイトをしてみたんです。
このまま建築の道に進むべきか?何をすべきか?ってもやもやしてたんです。本当にいわゆる建築がやりたいのかな?と最後まで悩んでいました。
新潟の建築事務所だったんですが、アルバイト最後の日に会社の人にポートフォリオ見せたら「君、絶対建築に行かない方がいいよ」って言われたんです。
―それは何故ですか?
ポートフォリオに作品ごとに章立てして、それぞれにドローイングを描いて載せたんです。
そうしたら、「君はそれくらいのスキルがあるのに、今のタッチを活かさないのはもったいないよ。今の子たちは自分が何者なのか必至に探してるのに、もう既に君は答えを持っている。これで進んだ方がいい」と言っていただきました。
最初は、建築の世界に受け入れられなかった、とネガティブに捉えてしまいました。でも、そう言ってくれる人がいるんだったら、そっちに行くかと決心がつきましたね。
そしてちょうど卒業前に、あるギャラリーから、展覧会に出展しないかというメールが来ました。今考えると、その両方に背中を押されました。
―制作方法は以前から変わらないですか?
ずっとペン画で、モノクロで描くスタイルです。
―tagboat art fairに出展された作品の、「反重力建築」とは何でしょうか?
本当はアート解放区銀座で出品するつもりだったんですが、コロナで中止になったので、tagboat art fairの方に出すことにした作品です。都市伝説的な話を交えた物語になってます。
「反重力」はSFの世界の言葉です。月刊ムーとかに載ってるような科学として証明できていない架空の概念なんです。
でも僕は、なんとか反重力を、具体的に科学の事象として考えられないかなと思いました。
―具体的に考えるとは、どういうことでしょうか。
豊田市美術館で昔開催されていた「反重力展」という展示があって、その図録を買って読んだんですが、その展覧会における「反重力」はイメージコンセプトであって、反重力とは何なのか、何故浮くのか、については触れていませんでした。
たとえば地球って、物を落としたら下に落ちますよね。反重力状態では、物を落としてもすぐに空中で止まってしまいます。
―それは、無重力ということですか?
あ、違うんです。皆さんよく勘違いされるんですが、無重力は宇宙空間の話です。
重力とは、地球の引力と、地球の自転によって生じる力を合わせたもの。反重力は地球上でそれに反作用する力のことなんです。
地球の場合はコアが力を持っていて、物質を引っ張りとどめる引力があります。一方、宇宙空間では物質は浮いているけど、どこかに流れていってしまいます。反重力は、引力がある場所では、反作用してずっと空中にとどまり続ける、という考え方です。
反重力があるとして、物質が浮いてる原理って何なのか、それにふれてるものは他で見たことが無いですね。
ですから、反重力で、建築を浮かせるため、未来の世界に何が起こったのかを考えました。
西の連邦首都ニコラヴエナ
今回の反重力をテーマにした作品は随分前から描いていて、ドローイングは作品のストーリーを表しており、それぞれに設定があります。
ストーリー全体の流れとしてはこうです。もし第三次世界大戦が起きるとその時には核戦争が起きると言われているんですが、この物語では核戦争は起きず、そのかわりにずっと核実験が行われて、だんだんと強力な核爆弾が作られていきます。その影響で地球の地殻は崩壊して、ほとんどの大陸は海に沈みました。そして全人類が技術力を結集し、反重力を作り上げて、空へと逃れていった、という話です。
その世界で生きる人の話を描いてます。
―たとえば、どんな人物でしょうか。
タグボートでも前から販売していた、宙に浮いている女の子の話です。その話が中心となっています。
今までは建築が主人公だったんですが、tagboat art fairやアート解放区の作品では、人が主人公です。
―建築から人に中心が移った理由は何でしょうか。
僕の場合は制作が始まる前にプロットを描いて、そこからシリーズを制作します。
その一連の大きな流れの中で、これまでは宙に浮いている建築をメインにした作品を描いていたんです。
でも、そこに存在する人のことをちゃんと描いたことが無かったんですね。
tagboat art fair 展示風景(2021年3月開催)
―建築の作品を制作するのに、プロットが存在することに驚きました。普段はどういう流れで作っていますか?
今の時代だったら何が面白いかまず考えます。一般受けを考えるというより、風刺が入っているものが良いだろう、とか。
最初からストーリーを組んで平面作品を制作するひとはあまりいないと思いますが、僕は逆に何もないところから一枚絵を描くのが苦手なんです。ストーリーが無いと描けないですね。
でも、やっぱり僕は建築側の人間なのかなと思います。結局、コンセプトと設計図があって、パースがあって、対象となるお客さんがいて、その人たちに向けて作品を作っているわけですから。作品を作り始める前に一連のストーリーをシリーズ化するのが身体にしみついています。
―シリーズ化とは具体的にどういうことでしょうか。
たとえば今回は「反重力建築」というシリーズ。全体図があって、更にひとつひとつシリーズがあるということです。
一つの壮大な映画のように全ての作品にストーリーがあります。
映画を作る時に描くアートワークをそのまま作品にしているような感覚です。もし本当に映画だったら、それをもとに監督が映画を撮り始めますけどね。
―本当に映画が撮れそうですね。映画もお好きですか。
小さい頃から映画をよく見ていました。一番はまったのはスターウォーズです。SF少年でしたね。いつでも空想中で、頭の上に宇宙戦艦が飛んでましたよ。
―tagboat art fair の作品では、どれくらいの量のプロットが最初にあったのでしょうか?
文章だけのものを含めると、おそらく50枚くらい描いていると思います。
これまでは細かい線画のドローイングのみ展示していたんですけど、今回は、作品と作品の間のつなぎ目に言葉を添えています。イメージとしては絵本ですね。
旧宇宙観測都市ムトニク
―最後にもう一度、お伺いします。姉咲さんの中で、建築とは何なのでしょうか?
建築って実際に建てるばかりではないと思います。
高校生の頃に、スターウォーズとかSFの世界が好きでよく見ていました。空想だとしても、ここに出てくる作品は建築と言える、と思っていました。
でも大学に入ると、ちゃんと実際に建てることが建築だ、と明言していて、そこはずっと疑問に思ってました。
でも、3.11から建築の世界は変わりました。「建てない建築家」という言葉が出るようになったんです。災害を前にして建築は永遠とはいえません。どちらかというとコミュニティ作りの方に方向が変わっていって。「場を作る」っていうキーワードもよく耳にしましたね。その他でいうと、音楽やアートなど他ジャンルとの掛け合わせとかです。実際に建てる事が絶対だった建築が、建築に関わる人たちの中でゆるくなったんです。
昔の文化財も、現在のマンションも同じ建築ですが、その建築設計って、近い将来を描いてますよね。例えば3年後とかに実現する予定の未来に立つ家だから。特に住宅は人の体験をデザインするというか、家族が将来どういう風になりたいのか、イメージして設計します。そのもっと先にあるもの、未来の建築は「もしかしたら」の領域。例えば浮いていてもいいんじゃない?という想像の話になります。
超未来建築って自分はよく言ってるんですが、200年とか300年後の建築を考えるのもありじゃないかと思っているんです。
結局、未来の建築って何なのかというと、人の憧れの対象や、あり得るかもしれない未来に向かっていく道筋、ポイントになるんじゃないかと思っていて。
例えば、子どものころ手塚治虫の鉄腕アトムに憧れて、その後ロボット工学に進んでいくということはあると思います。その時は空飛ぶ人型のロボットなんて実現できなかいものでしたよね。でも、いまとなっては普通に存在します。手塚治虫がこういう未来がきてくれたらいいな、というイメージを描いたから、皆もそこへ向かっていきました。
それと同じで、僕も、反重力が実現して欲しいと思ってます。実現するとすればかなり先の話ですし、僕は見ることができないくらい先の遠い未来かもしれないですけど、そういうものを提案することが建築の中に含まれていいんじゃないかと思うんです。
ありえないものを考えないと、時代が停滞してしまうんじゃないかと思います。やっぱり挑戦するのが人間というものなので、人々にそこへ向かってみたいと思わせる方向性やポイントができたら、それが自分の中では一番「建築」だな、と思います。
―スプツニ子!に代表されるような、スぺキュラティブデザインのようですね。
はい、まさにそれを、建築でやっているイメージです。僕はスぺキュラティブデザインをベースにして、それを「超未来建築」と呼んでます。建築を通して未来を作っていくことが理想です。
アートってそういう力があると思うんですよね。現代に対して風刺することもできるし、未来に対して働きかけることもできます。レオナルド・ダ・ヴィンチもそうでしたね。
イーロン・マスクのスペースXは人間が宇宙に住めたら面白いよね、という思いから設立されたはずです。今この僕たちが生きている時代に火星移住が実現するかはわからないけど、火星に住もうとする努力は面白い。そこに投資する人たちもいて、本当に住みたいという思い、期待感も高まっています。
建築学科にいたときは、制約が多すぎて自由なことが出来ませんでした。絶対建てないといけないから、どうしても現実の枠を超えることができなかったです。でも建築の領域を広げてアートに行くことによって、それを可能にし、ドローイングのストーリーを通じて人々に伝えたいです。
見る方に反重力のストーリーを楽しんでいただけると嬉しいです。
■次回個展情報
『ディストピア建築展』
主催・監修:姉咲たくみ
会期:10月12日(火)〜10月17日(日)
時間:11:00〜19:00(最終日は17時までです)
会場:アートコンプレックスセンター
レクチャーイベント:「人類絶滅後の建築」
イベント日:10月16日(土)17:00〜18:00
ゲスト:姉咲たくみ×押山玲央
個展HP:https://takumianezaki.wixsite.com/le-kuroe-archiart/dystopia