2020年9月11日より開催の「TAGBOAT×百段階段」展の会場となるのは、昭和10年の面影を残すホテル雅叙園東京の木造建築「百段階段」です。99段の階段廊下で結ばれた7つの部屋はそれぞれ趣向が異なり、各部屋の天井や欄間には、当時屈指の画家や大工によって創り上げた美の世界が広がっています。
鳳凰、舞鶴が羽を広げる格天井のある部屋「静水の間」で薄っすらと光を放つ3つのディスプレイは、タグボート作家・前田博雅の映像作品です。今回は本展における作品制作について、作家ご本人にお話を伺いました。
百段階段「静水の間」展示風景
前田博雅Hiromasa Maeda作品ページはこちら |
展示作品「The City Layered」シリーズについて、制作のきっかけを教えてください。
作品の構造として、自分が映像に対して意識していることの1つに「時間軸」があります。映画をはじめとして多くの映像はストーリーテリング(物語)のために時間が費やされます。しかし、映像は見る人の時間を奪うものでもあり、ドラマは最初から最後まで、一瞬の瞬きも許されないかのように鑑賞者にある種の姿勢を要求します。そこで自分は、映像が持つ「時間軸」という宿命から解放された表現がありえるのではないかと考えて制作をしてきました。
「The City Layered(Shibuya #3, Nov. 4th, 2019)」Video (1 shot, loop), 5V2A ACアダプター同梱, 小型再生機接続済, ¥128,300-
本作では、時間軸についてどのように表現しましたか?
今回でいうと、窓向こうの風景のように常にそこにあり、いつ見始めても自由ですしいつ見るのをやめても自由な映像です。それはどこか写真や静止画にも似た印象を与えるかもしれません。一見ありふれた光景がずっとそこに存在し続ける、そんな映像をまず目指しました。
「The City Layered(Shibuya #2, Nov. 4th, 2019)」Video (1 shot, loop), 5V2A ACアダプター同梱, 小型再生機接続済, ¥128,300-
映像の構成において意識していることはありますか?
解放された時間軸を考える上で、「密度」や「カメラ」についても意識しています。
密度、すなわちたくさんの情報量(映像の解像度やそれにより担保されるディテール)は、画面への没入をもたらします。一方でカメラは被写体と撮影者との関係に介入しながらも一定の距離を取ることで世界を切り取ります。
密度を持った映像はその壮大さゆえに集中を促しますが、そこにカメラが持ちうる客観的性質(ひいては批評性)をぶつけることで、目の前の画面で起きている現象や様相について考えるきっかけになるのではと考えています。
「The City Layered(Ginza #1, Aug. 26th, 2019)」Video (1 shot, loop), 5V2A ACアダプター同梱, 小型再生機接続済, ¥128,300-
都市を題材にする理由は何ですか?
自分が生まれ育った「都市」というもの、とりわけ東京について自分なりにアプローチしてみようと感じていた節はあるかもしれません。普段から街中に存在するガラスの反射や高い建物に囲まれて生活してきたこともあり、それらは身近なものとして自分の中に刷り込まれていたように思います。
しかし、近所に突然巨大なマンションが立ち上がったり、以前通った道が様変わりしてわからなくなったりと、五輪開催に向けた再開発で変わりゆく光景を前に、不安定さや忙しなさ、あるいは無常に近いものを抱いていました。
そうした感覚をガラスや巨大な建物に託しながら、都市の情景を捉えられないか、ということが1つあったかと思います。
前田さんは、都市をどのように捉えていますか?
普段生活する上では気にもしませんが、目に見えている都市の光景からはそれが形作られた背景や経緯を知ることはできませんし、知ることも必要とされていません。昨今の再開発ではより顕著にそう感じられます。
しかし実際には人や労働、時間などさまざまな要素が層のように重なり合って都市という制度を支えています。それを自分は「都市のレイヤー」と呼んでいます。さらには情報化の進歩によって手元のスマートフォンに重みが増し、ますます現実に対して無意識になっていくように感じています。
作品にはどのような想いが込められていますか?
再開発の進んだ都市にカメラを向けると、そうした1つ1つが肉眼には見て取れない光景に集約されている場面に遭遇します。そこに「都市のレイヤー」を垣間見る。そうすることによってもう一度自分たちが生活するこの場について、また見るものの確かさ/不確かさをあらためて考えるきっかけにならないか、と考えています。
使っている機材は何ですか?
撮影はα7 IIIを使用し、4K画質で行います。このシリーズの場合、望遠ズームが多用されています。
ディスプレイはAmazonなどで売られている、交換用の液晶ディスプレイ(13.3インチ、フルHD画質)です。
上記の機材にこだわる理由はありますか?
レンズの種類によって見える世界が異なるので、一眼カメラであることは必須です。また4Kによる高精細映像は、都市のディテール=密度をとらえる上で重要でした。そのディテールこそが都市という建築物とそこでうごめく人々とをつなぐ役割を担い、「都市のレイヤー」を表現するのに適していたためです。
本体のサイズは、一定の精細さを保つ画質で人々の集中を集められる大きさ、且つときに写真などの静止画を思わせるサイズ感などを検討した結果、この大きさになっています。
制作にとりかかる前に、準備することはありますか?
撮影箇所を探るため、下調べを行います。方法は主にGoogleマップから、建物の位置関係や道などをみて、どのあたりが良さそうか検討します。ロケハンみたいなことは時々行いますが、そのとき出会えた風景がもっともよい場合が多いです。
つまり、あとからもう一度同じ光景を撮りたいと思っても日の当たり方や交通量などの関係によって全く変わった雰囲気になってしまうため、チャンスを逃さないためにも常にカメラを持ち歩いて見つけたらその場でまず撮ってしまいます。
制作はどのような手順で進めていますか?
基本的には、撮影して、撮った素材を見直して、場合によっては撮り直して、それを編集するといった流れです。映像を再生する機器自体は、その合間に組み立てています。撮影は多くがビルの高層階から行っています。
制作にかかる時間はどれくらいですか?
なかなか正確な時間数は出せませんが、撮影は撮り歩く地域を決め1日かけて行います。1素材は5分から10分ほど撮影します。
編集では色合いを調整したり、ループするために映像の頭と終わりをどこでつなげるか見極めたりしています。すぐには決まらないことがほとんどで、数日置いて頭を冷やしてから見直すこともしばしばです。なので、長いと1ヶ月くらいかかる場合もあります。
作品の完成はどのように見極めますか?
常に難しい点です。画面の構図や奥行きの違和感、反射の角度といった要素はほぼ撮影時に決まってしまいます。なので、あとはそれを補強するための編集を、どこまで進め、どこで止めるかです。あくまでも現実に存在する光景であることが何より重要なので、極端な加工は行わずにループの継ぎ目や画面における色調/明るさの均質感、ノイズの除去など微調整を重ねて行きます。迷ったときはコンセプトである「都市のレイヤー」を導くために何が必要かに立ち戻って、判断しています。
今回の展示はどこに注目して観てもらいたいですか?
この制作を始めたのは昨年ですが、コロナ禍によって奇しくも都市をめぐる諸々の要素について考え直さざるを得ない時代を迎えています。それでも虚実の境がますます溶けていく時代に、あらためて目に見えているものの確からしさ(あるいは覚束なさ)、立ち上がってくる人々の様子に思いをはせてもらえればと思います。
百段階段 展示風景
展覧会名: | 「TAGBOAT×百段階段」展 ~文化財と出会う現代アート~ |
開催期間: | 2020年9月11日(金)~10月11日(日) |
開催時間: | 日~木曜日・祝日 10:00~17:00 金・土・祝前日 10:00~20:00 ※入場は閉館の30分前まで |
入場料: | 当日¥1,600/前売¥1,500 ※9月10日まで公式オンラインチケットにて販売 学生¥500 ※要学生証呈示、未就学児無料 |
会場: | ホテル雅叙園東京 東京都指定有形文化財「百段階段」 |
主催: | 株式会社タグボート・ホテル雅叙園東京 |
販売窓口: | ホテル雅叙園東京(当日のみ)、公式オンラインチケット |