制作工程を種明かしする「How to Make」インタビュー。今回はタグボート取扱いアーティストの姉咲たくみさんにお話を伺いました。
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今回、制作工程をご紹介いただく作品は何ですか?
『サヨナラと去りゆく都市』をご紹介します。
『サヨナラと去りゆく都市』116.7cm ×80.3cm, 木パネルに画用紙を水張り、ペン画、ホワイトアクリル
急激に気温が下がり、放射冷却で霧が立ち上がる機械仕掛けの都市。100年前に重力の実験が失敗したことにより、都市の大部分がめくり上がった。そして、複数の建物を巻き込み巨大な構造体を作った。今でも重力動力炉は動き続けている。都市の重力場は不安定となり、街からは少しずつ人が離れていった。ついに、最後の都市の住民である姉妹が出て行った。都市は去っていく2人を見守った。
『サヨナラと去りゆく都市』という作品をつくるに至った経緯を教えてください。
今回はP50号に壮大な都市を描こうと考えていました。
制作を始めたのは2017年の11月でした。ちょうど前月の10月に個展が終わって、時間ができた頃です。
これまで無造作に構築された空中建築をメインに描いていましたが、実は都市の建築を描くことは苦手でした。空中建築の方がユニークで、アイディア次第でいくらでも面白いものが描ける一方、地上にそびえ立つビル群と密集した都市はありきたりなもので、何処か面白みが掴めない状態でした。
そこで今回の大作では新たな挑戦として「都市」をテーマに取り組む事にしました。
「都市」という大きなテーマの中で、本作の構想はどのように生まれましたか?
まず初めに都市が描かれたあらゆる作品の画像を集めました。フリッツ・ラング監督の「メトロポリス」、ルパート・サンダースの「GHOST IN THE SHELL」、アンドレ・タルコフスキーの映画に大友監督の「AKIRA」、浮世絵、アニメーションなど。画像を集めながら構想を練っていきました。それらをもとに描いたのが、下のスケッチです。
都市は細かなビル群に、血管のように入り組んだ首都高、中心には巨大なシンボリック的な構造物を配置しました。画面の真ん中から左に寄った人物は都市を背に去って行くイメージで置きました。
このアイディアスケッチをもとに制作に入っていきます。
描き始める前に準備することはありますか?
最初は画用紙を木パネルに水張りをします。今回は久しぶりの大きな作品です。大きさはP50号(80.3cm×116.7cm)です。水張りは時間との勝負なので、大きな作品はいつも以上にスピーディに作業を行います。水張りが終わったら1日乾かします。それが終わったら下書きです。
この時点で制作にかかる期間はおよそ半年と考えました。30号で3ヶ月かかった経験と、これまでの作品の進行から想定した期間です。下書きに3ヶ月、ペン入れと微調整を含めて3ヶ月、合計すると半年になります。
準備が終わると、どのように描き進めていきましたか?
よく聞かれるのが、「この作品はどこから描きますか?」と。最初に描く位置は決めていません。今回は右端から描き始めました。
右端から描きながら、全体の大きさやビルのボリュームに、全体の構成を考えていきます。あとは配置と全体のバランスを考えながら描いていきます。
下書きとペン入れの制作の流れを教えてください。
下書きはひたすら参考資料やGoogle Earthを活用しながら描いていきます。この下書きの時点で全ての全体像が決まります。しかし、下書きが良くてもペンを入れてから作品が大きく変化するので最後まで気が抜けないです。
細密画を描く作家にとっては大きな作品は挑戦です。持てる技術を持って大作に取り組む事で新たな技術革新につながる事があります。
特に今回の作品では苦手としていた、都市を描く事に対して向き合う作品であります。今後も都市系の作品を手がけるにあたり、この作品は都市建築画の代表的な一作になることは間違いないと思います。ここで得た技術を持って小さな作品を描く事で、また面白い作品ができます。
さて、次はペン入れの話です。
最初は線入れをします、いわゆる清書というものです。この作業は全体像の線入れを行い、終わったあとは下書きの線を消す為に消しゴムで消します。
この作業が終わったら、塗り作業をします。塗りを行う前に消しゴムをかけるのは、塗った後に消しゴムをかけるとインクが薄くなってしまうからです。
ペン入れが終わったあとは「看板」を描いて、「雲」を描きます。
「看板」を描く理由は何ですか?
正直作品を描くときに一番悩むのが看板を描く事です。
映画のポスターや昭和のレトロな看板に、子供頃の同級生のあだ名や黒歴史など、色々あります。作品を見たお客様は作品を覗き込みながら仕組んだネタを見つけながら楽しんでいる所をよく見ます。
看板を描くようになったきっかけは日本の浮世絵です。浮世絵も細密に描かれた当時の風景に色々な人や生活が描かれています。その中には蕎麦を食べる人や魚を運ぶ人など、コミカルな描写もあることから、そういった要素を盛り込む事で単なる細かい作品から「覗いて、見て楽しめる」作品として描いています。
作中では、浮世絵の擬人化されたネコを取り入れて、イカを食べて大変な目にあったことを話している様子を描いています。
「雲を描く」というのはどうゆう意味ですか?
雲とは大和絵に登場する金の雲、大和絵では「すやり雲」と呼ばれている技法です。
今回雲を取り入れようとしたのは、都市画は高密度で強調したい部分をどう見せるかが悩みでした。そこで参考画像を漁っていた際に大和絵を見つけました。そして、雲を入れることでその効果が直ぐに分かりました。高密度の中に雲が登場することで余白の代わりとなり、部分部分の強調性が出てきました。
特に雲の登場は黒い作品が持つ重量感を軽減してくれるのと同時に、浮遊感を出す事ができたのは大きな成果と言えます。すやり雲を思いついた人は発想に優れていると感じました。これが800年前に編み出された技法とは、昔の日本人はとても面白いですね。
半年と見込んだ通り、予定通り半年で終わりました。初めて都市を描く事に挑戦しましたが、色々な技法を見つけることができました。制作中もひたすら向き合いながら完成させたので思い入れのある作品です。
作品を発表したときの手応えはどうでしたか?
皆さん、「細かい」「凄い」など、中には「クレイジー!!」など言う方もいました。中でも中国の方には人気がありました。
昨年3月〜5月まで自分のドキュメンタリー映像(姉咲たくみプロフィールに掲載)を撮る際に、企画してくれた中国のコレクターさんと取材陣がとても気に入っていただけました。特に中国の若い方はSF作品が好きで、この作品への質問を多く頂きました。そのあと、別の方から上海アートフェアにお誘いいただき、迷わずこの作品を出展しました。向こうでも作品を高く評価していただけました。
実は来年以降に50号以上の大きな作品に取り掛かる予定です。今回タグボートに作品を発表するのも次なる大作に向けた第一歩として考えています。
これまでに高い評価を得てきた作品だけに、思い入れなどもあります。しかしながら、いつまでも手元に作品を持っていては前には進めないない。そこで本当に欲しい方の手元に持っていただけた方が作品の為だと考え、今回タグボートで発表することを決めました。
作品としての見応えと50号とは感じない内容のボリュームと密度は制作した私からしても大迫力です。是非とも作品の迫力をお手元でご覧ください。
長くなりましたが、以上となります。ありがとうございます。