
俳優としてのキャリアを経て、2021年より独学で制作を開始した緒方ちか。コロナ禍を機に「自分自身の表現」を見出した作家が描くのは、都市を形作る無機質な構造物です。インフラを一つの「身体」と捉え、手描きの揺らぎで温かな息吹を吹き込む独自のスタイル。その背景にある想いと、創作の歩みを伺いました。
緒方ちか Chika Ogata
アーティスト / 俳優
1982年 大阪市生まれ 東京都在住
2021年のコロナ禍から独学で制作を開始。現在はギャラリーや百貨店で活動。
都市に息づく日常の風景と、そこに内在する秩序や機能美に焦点を当てています。
コンクリートの構造物、複雑に張り巡らされたインフラ、光を放つ建物の窓は無機質に見えながらも人々の営みや感情が積み重なり、都市という生命体の一部として機能しています。
時に忘れ去られがちな標識などは安全や生活を支える「見えない対話」の痕跡。
命なき人工物が織りなすパターンにも社会の躍動とその中で生きる私たちの存在を重ね、静かに脈打つ都市の鼓動を作品に捉えることで見慣れた風景に少し違ったまなざしを向けるきっかけになればと思います。
作品を作り始めたのはいつ頃ですか?
そのきっかけや影響を受けた出来事があれば教えてください。
コロナ禍で仕事も俳優活動もすべて止まってしまいました。それまでずっと走り続けていたので、強制的に立ち止まることになったんです。
最初は戸惑いましたが、ようやく自分を振り返る時間ができました。
振り返ってみると、忙しさを言い訳に嫌なことを飲み込んできたんじゃないかと気づいたんです。さらに家にいる時間が長くなる中で、置き去りにしてきた自分のことや足りない部分とも向き合うことになって。受け入れていくうちに、今度は不思議と前より健全に腹が立って力が湧いてきたんですよ(笑)。
そのとき、なぜか部屋の中にあるものを描き始めました。
なんとなく手に取ったiPadのメモ画面に。
絵なんて高校の授業以来だったので、自分でも驚きました。
でも描いてみたら、それまで内側に溜まっていた力の向きを、違う形に変えられる感覚があったんです。言葉では言えなかったことが、カタチになっていくような。
そこから初めて画材店に行って、絵具を買いました。あれが今につながる最初の一歩だったと思います。

アーティストを目指すようになったのは、どのような経験や思いがきっかけでしたか?
元々お芝居をやってきたのですが、それは一人で作るのには難しいことが多い表現のようにと感じることがあります。特にコロナ禍に身に染みて感じました。
相手役やスタッフの方々、脚本があってこそ成り立つチームでのものづくり。
役という「1」を自分を通して広げていくのが役者の仕事だとすれば、他の誰でもない自分自身の思いをもとに、「0から1」を形にしていき「これで完成だ!」と自分一人で決めていく表現に出会えたことは私にとって大きな出来事でした。
その経験がものの見方や世界の感じ方を少しずつ変え作品作りから作家活動につながっていったように思います。

作風が確立するまでの経緯を教えてください。
制作を始めた当初、最初にコンペに出した作品は「舞台セットのない演劇の中で、自分が演じた役が見ていたであろう景色」を描いたものでした。俳優としての視点から、役の内面に広がる風景を可視化しようとしたのが出発点です。
そのテーマを続けるべきか考えるなかで、次第に役の視点に限定しなくても景色そのものがすでに尊く、美しいのではないかと思うようになりました。そこには自分を含むあらゆる人の日常や特別な時間が重なっていると感じたからです。
そうして日常をあらためて見つめるようになると、まちづくりの中にも自然と目が向くようになりました。
標識は人がぶつかり合わずに生きていくための静かな約束のように見え、点字ブロックは思いやりが足もとに置かれたかたちのように感じられます。安全なまちを整える営みもまた、世界という大きな身体を保つ行為のように思えるようになりました。
こうした視点の変化が、現在の制作へとつながっています。
作品を発表し始めたのはいつ頃ですか?発表するまでにどういった経緯がありましたか?
初めて作品をギャラリーのコンペに出したのは2021年です。
2010年頃に画家の友人ができたことがきっかけで、ギャラリーへ展示を見に行くようになりましたが、まさかその10年後に自分が絵を描くようになるとは思ってもいませんでした。
発表の場まで進むことができたのは、周りの人たちの反応のおかげでもあると思っています。
「急に何やってるの?」「どこへ向かってるの?(笑)」とからかわれることもなく、「いいね」「楽しそう」と受け止めてくれる優しい人ばかりでした。
そのおかげで変に挫けることなく、「楽しい」を一番に毎日描き続けることができ、発表する勇気を持つことができたのだと思います。

作品に共通するテーマやコンセプト(アーティストステートメント)について教えてください。
血管のように巡る道路や電線、代謝するように更新され続ける建物や構造物。
その営みが都市を生かしているのだと思います。
私たちと同じように循環しながら存在する都市構造の美しさに惹かれています。
無言で大きな人工物の佇まいやその魅力を見つめながら、余計な雑音を忘れ、内側と対話する時間。
そこには、健やかに生きるヒントが刻まれた誰かの仕事があると感じています。
私は、都市をひとつの「身体」としても捉えています。

作品はどのように作っていますか?技法について教えてください。
自分で写真を撮り、その場の温度や空気感、環境音やその時の感情を思い出しながら描いています。カメラを持って思い入れのある場所へ出向くこともあれば、知らない道をあてもなく歩くことも好きです。日常の中でふと出会った景色は、スマートフォンで撮影することもあります。
絵の具で描く段階では線も含めてすべて、ペンや定規は使わずにアクリル絵具やアクリルガッシュと筆による手描きで表現しています。理路整然としすぎない手描きの揺らぎによって、冷たくなりがちな人工の無機物に少しでも温かさをまとわせたいと思っています。

これまでの人生や創作活動の中で、特に影響を受けた人物や作品はありますか?その理由も教えてください。
まずは、今までやったきた演劇やお芝居に費やした時間全てが無ければ今はなかったと思っています。
自分と同じ地元で生まれ育ったアーティストの三島喜美代さんがものすごく楽しそうな笑顔で「私、ゴミ作ってますねん!」「楽しい!できたー!」という気持ちをずっと持ち続けててねというインタビューのお言葉に、私もそうありたいと思いました。
絵を描き始めて間もない頃、横尾忠則さんの展覧会を訪れました。
さまざまな時期の作品が並ぶ中で、幼少期の体験に触れたモチーフが何度も登場しているのが強く心に残りました。
そのとき、自分がトタンや電線、鉄の匂いや工場に自然と目が向くこと、それを描いてもいいのだと思えたのです。
生まれ育った場所や子どもの頃の環境は大きく関係している気がします。

今後の制作において挑戦したいことや、意識していきたいことを教えてください。
今後は、本の装丁など、物語にそっと寄り添う表現をしてみたいと思っています。
物語には台詞にならない逡巡の間や、登場人物の心情を映す風景があります。
私はこれまで、都市の景色や人工物のなかに、人の気配や静かな対話の時間を重ねてきました。その視点は物語の世界ともどこかでつながっている気がしています。
物語を読み終えたあと、ふと装丁を見返したときに、その世界の時間や感情が静かによみがえる。そんな存在でいられたらと思っています。
もう一つは、これまで日本の身近な風景を描いてきましたが、もし海外など異なる土地を歩いたら、自分はどんな空気を感じ、何を見つめるのだろうと想像することがあります。環境が変わっても風景の奥にある人の気配は大切にしたいです。
4月9日(木)からIndependent Tokyo 2025 Selectionに出展いたします!
「Independent Tokyo 2025 Selection」
2026年4月9日(木) ~ 4月23日(木)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の9日(木)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:4月9日(木)18:00-20:00
※4月17日(金)は18時閉場となります。
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F