
池伊田リュウ
特定不能の共感覚をレーダーとし、主に山や水辺の風景の中にある流動を描いている。
現在はtagboatを中心に展示履歴を更新中。ポートシティ竹芝、阪急メンズ館、銀座三越、大丸東京、博多阪急、他。
阿佐ケ谷美術専門学校絵画科・研究科卒業
第18回ホルベイン・スカラシップ奨学者
2021年8月 Independent Tokyo タグボート特別賞受賞
作品を作り始めたのはいつ頃ですか? そのきっかけや影響を受けた出来事があれば教えてください。
美術の学校へ通い、学生時代から絵を描き始めましたが、それが現在の感覚で作品と呼んで良いものであったかどうかはわかりません。美術行為を行うこと、志すことが判断ミス・自己責任の失敗コースとされる世情にあり、暫く遠ざかっていましたが、tagboatで活躍する旧友との再会から制作再開し、同年Independent Tokyo出展を思い立って準備したものは作品と呼べるものでした。
アーティストを目指すようになったのは、どのような経験や思いがきっかけでしたか?
2021年8月のIndependent Tokyo 2021への出展でタグボート特別賞を頂き、お取り扱い頂けることになったのですが、具体的にはその際の面談時、自己作品が販売できるものである可能性を知って志すこととなりました。
お話を頂くまでは、自分の作品が売るに足ると想像したこともなかったのみならず、2021年以前は作品を作る・アーティストを目指すということ、またそうした経歴のある自己については「合法的に社会のゴミと見做される人間」「緩慢な殺処分の流れに入った」といった(主に自分から社会に対してのフィルターによる)偏見がありました。
当時、大人になってから発覚した障害と二次障害、就職氷河期の影響から脱却できずにいたところへ家族の介護なども発生しており、あまり社会との繋がりがなかったのですが、プロの評価を得たことにより制作活動を継続する言い訳ができたような気がしました。
同時に作品を作り、発表することにより、社会と再接続することができるのではないかとも考えましたが、アートに限らず外向きの流れがありましたので、それは正しかったと思います。

現在の作風に至るまで、どのような試行錯誤を重ねてきましたか?影響を受けたものや、転機となった経験があれば教えてください。
学生時代は、見えたもの(共感覚のほう)を描写しようとすると、タッチの選択も影響したかもしれませんがゴッホやムンクの(おそらく何らかの流動体に見えるものが画面に現れている点で)安直な真似と断じられることがあり、評価を期して平均的な視覚で再生されるであろうものに寄せて描くことにしていました。
ブランクを経てほぼ完全に自分の意思と責任で描くようになると、改めて見えたものを表現するかどうかという選択が当然発生しますが、そもそも美術に関心を持ったきっかけの一つに「自分自身の視界にあるものを表現すべきであるような気がした」ということがあったため、Independent Tokyo出展時は半分程度地を出して試し、その後tagboat作家に加わってからは表現上で率直になる度合いを少しずつ高めるという経過を辿ってきました。
作品に共通するテーマやコンセプト(アーティストステートメント)について教えてください。
聴覚・触覚などといった原因未特定の、視覚(脳内での再生)に影響の及ぶ共感覚を持っており、それをレーダーとして用いることで、風景にある流動や気配といったものを重ねて描いています。共通するコンセプトは「1視界を追う」「2生命について考える」「3自然について考える」だと思っています。
1については自分自身の視界の影響が大きく、原因は未特定ではあるものの、そもそも論で結果的には微小な系(たち)と周波数に行きつくため、何らかのエネルギーであろうと仮定、一旦思考停止することで落ち着けることにしています。
ということは、2、個体としての死の瞬間或いは生死が曖昧になってくる頃合いに、現在見えている流れが更に鮮明に知覚できる可能性、また、特に余計なものが脳内再生されないタイプの方々も私と同じようなものを見る可能性も安直には考えられます。「エネルギーとは、生命とは、死とは何か」「死は怖い、しかし本当に怖いのか?」といったものが、物心ついて以来常にある疑問です。
3に関しては、モチーフとして山地や森林を選択することが多いのですが、そういった大雑把に「自然」と言葉にされるものとは結局何なのだろうという実感的な疑問です。自分自身においては意識的に、長い尺の中では多くの人類にとっても原風景と言えますが、先祖が生き残るために必死で捨てて来た環境でもあり、憧れを誘う反面死の場所という点で、2とも近似したテイストはありますが矛盾して引っかかる感覚を持ったまま生き続けています。

これまで影響を受けた作家や表現はありますか(絵に限らず、漫画・映画・音楽など)
前述のムンクには固体と空間の境のゆらぎ、気体の動きのような表現について誤解的なシンパシーのようなものを感じています。具体的にはムンクの視覚には何らかの共感覚が作用していた可能性を勝手に想像しています。
似たような流れで(勝手に共感覚者扱いはしておりませんが)ウィリアム・ブレイクの水彩画にも関心を持ちました。
ダミアン・ハーストには、思考として影響を受けてはいると思います。また「これは巨匠なので許されたケース」「(人によっては何かぎょっとされるかもしれないものを作ろうとした際に)これはダミアン・ハーストに比べたら鼻くそほどのインパクトもないのでセーフ」といったような判断基準にしていたこともありました。
ほか、自己作品に表出しているかはわかりませんが、幼少~思春期に身を置いていた厳密なクラシック音楽スタイル、武道、相撲、祖母の手解きで制作に加わったピサンキ(ウクライナスタイルのイースターエッグ)の意匠表現、90~00年代にエクストリームと纏め呼称された幾つかのヘヴィメタルサブジャンルなどにも何らかの影響は受けているのではないかと思います。
漫画は幼少期唯一読むことが許されていた「火の鳥」シリーズ以外大人になってから知りましたが「古代戦士ハニワット」「望郷太郎」にも、ある意味での自然観や人間の脆弱さといったものの表現で共感した気になったことがあり、何らかの影響を受けた可能性が考えられます。
作品のアイデアは、日常のどんな出来事や風景から生まれることが多いですか?
場面を問わず常に発想があり、優先順位をつけて着手していますが、時間や肉体に制限がありすぎるため実際に形にしきれないことが多い実情です。継続中シリーズの優先順位が高いのですが、他にも表現したいことが多いため、順位の付け方を考え直す必要があるのかもしれません。

今回、「アート解放区 人形町」に出展されている作品について教えてください。
自然に対する憧れと殆んど不可逆的に思える状況(自然の中で生きるものとしては人間は個体単独の能力が乏しいのみならず異なる環境に適応するため自主的に退化させてきた、ゆえに無防備に立ち入ると死ぬ)、視界に広がる示唆的なものへの関心から突き詰めると行きつくところが無であること(最終的に死ぬしかない、死ぬ時にしか実測できない可能性が高い気がすること)、がテーマになっています。
また、一貫して(「考え」ではなく)思い感じてきた内容は、「自然は無慈悲、不可解、現時点で既に到達不可能、人間は脆く弱くどこにも帰れず死ぬ、それまでは最大限燃焼を果たすよう生きるしかない→燃えろ!←人間が滅びても世界は終わらない」といったものです。
作品を見る人に、「これを感じてもらえたら嬉しい」というポイントがあれば教えてください。
作品を見る人は、ごく個人的なものも複数で共有可能な普遍的なものも含め「作品に投影したそれぞれ自分自身の中に既にある何か」を見ると考えています。
キャプションやサイトの作品説明、在廊などでは作家側からの主観・個人的な部分をお伝えすることが主ですが、同時代に生きる人間同士、無意識であれ共通して考え、感じ、触れているものごとも多々あるはずと思います。そうした要素が自作品にあるか、どの程度表現されているか今この瞬間に自分で判断することはできませんが、作品を介して「この感覚」という共通の何かを少しでも多く交換することができたら嬉しいだろうと想像します。
個人的な思いで言えば「風景はパワー」「生命体は燃えて生きろ」です。
今後の制作において挑戦したいことや意識したいことはありますか?
前項目末尾と重なる内容ではありますが、作る側と見る側が作品を通し、極力多く感性的な何かを共有できるような作家になりたいと考えるようになりました。
発表行為と鑑賞行為それら自体に交流の要素が強くあることに意識して目を向け、自分の作品で何をメッセージとして発信してしまうことになるのか、といった可能性について深く考えていきたいと(現時点では)思います。
1月9日(金)ー1月31日(土)開催:アート解放区人形町「FLUID EDGE」

「FLUID EDGE」
会期
2026年1月9日(金) ~ 2026年1月31日(土)
営業時間
平日:12:00-19:00 土曜日:11:00-19:00
休廊:日月祝
会場
アート解放区 人形町
東京都中央区日本橋人形町3-6-9 SPACE ANNEX 1F, B1F
ARTIST
【1F】木村美帆、山谷菜月、マシューマロー
【B1F】塩見真由、友成哲郎、池伊田リュウ、三塚新司、松森士門