タグボートでも高い人気を集める作家、川久保ジョイ。
いわゆる美大にて専門的な教育を受けてから作家になるというのが一般的な流れだが、川久保の踏んだ道はそれとは異なる。
筑波大学を卒業後、デイトレーダーとして金融業界に就職。そこで制作資金を貯め、2008年より本格的に作家活動を開始する事になる。
一見スタートが遅いようにも感じられるが、哲学的なコンセプトから生まれるその圧倒的に静謐な世界観はすぐさま注目を集め、数々の公募展で受賞。多くのレジデンスにも参加する機会を得た。
独学で学び且つたった数年でここまでの活躍をするというのはそう簡単にできる事ではないが、川久保の中に存在する熟考を繰り返した結果の一貫した思想が、作品に説得力と美的価値を与え、高い評価を得たでのある。
作家活動開始後、順調にキャリアを積んでいったが、そんな川久保にも転機が訪れる。それは2011年3月の東日本大震災だ。それまでは作家としてどんな作品展開をしていくかが主な考えにあったが、3.11を経験し、自分はどう生き社会はどうあるべきかを考えるようになる。その結果、作家としての在り方が川久保の中でより明確になり、そこから活動方法や作品内容も徐々に変化するようになった。
川久保の中でより明確になり志すようになった事、それはいかに美術の歴史を作っていく事ができるかという事だ。
「現代社会において、生活していくためにお金を稼ぐ事は必要不可欠な事であり、現実的な視点から考えると、最も重要な事なのかもしれない。そのためには”売れる作品”という事を、作家はある程度意識して制作をしていく必要がある。
では売れる作品とはどんなものなのか。買う側の趣味趣向によってタイプは様々だが、やはり保管しやすいサイズや形態、長期的に楽しめる内容の方が売れやすい。しかしそこを意識してしまうとその時点で制約が生まれ、表現の幅や可能性を狭める事になってしまう。
歴史を作るような作品とは、まだ誰も見た事が無い新しい価値観を持ったものや、良いものに触れた時に体の奥から生まれてくる感動など、何かしら人に与えられる強さを持ったものだ。」川久保はそう考える。そのためには、制約の無い場でいかに美術の可能性を追求していく事ができるか、これが川久保の中で最も重要な事になっていったのである。
現在はクラウドファンディングで支援を呼びかけたり、国内外のレジデンスに多く参加する事で作家活動を続けている。
クラウドファンディングでは、川久保のコンセプトに共感し賛同してくれた人たちによって、当初の予定を超える額を得る事ができた。
また、レジデンスで得られる新たな出会いは、川久保にインスピレーションを与えると共に、そこで出会ったキュレーターやギャラリスト等によって、作品は新たな発表の場を得る事ができた。
「ありがたい事に周りの人に助けられ、連れていかれるままに進んだ結果、今の自分がある。」と謙虚な川久保は自分を分析する。
作家として芯の通った強い思想を持ち続け、真摯に作品と向き合い続ける姿があるからこそ多くの感動と共感を呼び、それが川久保の活動範囲を広げる事につながっているのだ。
作品が多く高く売れる事は作家としての成功とも言えるし、そのために何をするべきかを考える事も重要かもしれない。しかし常に自分が作家としてどう在りたいかを熟考しそれを実現し続ける事も、作家としての成功と言えるのである。
もともと写真家として活動を始めた川久保だが、現在は写真以外の平面作品の他、インスタレーションなども多く制作している。写真というメディアはきっかけに過ぎず、新たな人や環境との出会いが川久保を変化させる共に、表現方法にも更なる膨らみを与えているのだ。
「今の自分には後ろ盾が無く、今後どうなっていくかも分からない。」と川久保は言う。しかしこれからも新たな出会いの中で考えを掘り下げる事で成長し、作家としての道を切り開いていくであろう川久保の姿を、容易に想像する事ができる。
今後どうなっていくか分からないという言葉通り、川久保が作る人の心を動かすような未知なるアートがどんなものか、期待が募るばかりだ。